衰亡の王
「それでは、第七八二回定例会議を始めたいと思います」
大広間に司会の号令が響き渡る。それに合わせて各々が頭を下げる。
「今回の議題はラウム卿が持ってきてくださったものから参ります。ラウム卿、お願い致します」
「承知した。では私が」
そう言ってラウムと呼ばれた男は立ち上がる。
「最近、我が領地において蛮人からの攻撃の回数が増えている。一回の攻撃における敵兵の数はたかが知れてるので今のところは我が私兵だけでも迎撃できているのだが、これが今後増えてくると対処が追いつかなくなるだろう。最近は蛮人の数が増えてきていると聞くからな。そこでだ、どこか、我が領地に兵を駐屯させてくれるところはないだろうかという願いが一つ。もちろん無理にとは言わない。各々領地の守備の為に抱えている兵であるからな。出来ればの話だ。そしてもう一つ、蛮人からの攻撃を無くすためにいずれ蛮人の国を滅ぼしに向かわねばならなくなるやもしれぬ。故に、今のうちからそれを想定して各卿と共同で準備を進めてはどうかという提案が一つ。以上が私からの議題である」
ラウムの話を聞いた他の参加者たちはざわめき始めた。自分たちが侵略される側に回るかもしれないなどという状況を彼らは一度たりとも経験したことがなかった。しかも、相手はあろうことか蛮人の軍である。諸卿の兵は誰であっても、蛮人相手なら一度に十人と刃を交えてもなお無傷で戦えるほどの強さを誇る。その屈強な彼らの中でも特に兵は精強、守りは盤石と謳われるラウムの私兵で敵わぬかもしれぬ相手など、彼らには想像もつかなかった。ラウムの持ち込んだ議題はそれほどまでに最近の蛮人は強いのか、という新たな恐怖を彼らに与えるには十分すぎる代物だった。
「皆様、ひとまず静粛に願います」
その司会の一言で場は水を打ったように静まり返った。
「ラウム卿の議題について、意見がある方は手をお挙げください。私が指名致しますのでそうしましたら発言をお願い致します」
一人、二人と手が挙がる。
「ではまずはゼパール卿からお願い致します」
「ええ、かしこまりましたわ」
ゼパールは顔をラウムの方へと向ける。
「一つ目のお話について、私の兵の三分の一をラウム卿の領地に派遣させて頂きますわ」
「おお、それはかたじけない」
「私の領地は山間にありますから兵はそこまでの数はおりませんけれど、それでもよろしければぜひともお役立てくださいませ」
「ああ。一人でも来て下さるならとても心強い。感謝する。この恩は必ず返そう」
ラウムは慇懃な態度で頭を下げた。
「それで、二つ目の議題に関してですけれど。賛成は致します。ただ、準備と仰っておられましたが具体的には何を?」
「それもこの会議で募りたいと思っている。正直私もあまり案はない。ここは一つ、貴卿らの知恵をお貸し願えないだろうか」
再びラウムが頭を下げる。参加している他のものたちからは溜め息や呻き声のようなものが漏れ聞こえた。
「続いて、先程手を挙げていただいたマルコキアス卿、お願い致します」
「ああ。私からは兵の半分を派遣しよう。何せラウム卿の領地は蛮人の住む地と接しているからな。そこが崩れてしまっては我ら全体の死活問題であろう」
「かたじけない。感謝する。貴卿にも必ずやこの恩をお返ししよう」
「ああ。で、二つ目についてだが。連合軍を組織するというのが一番手っ取り早いと考えるがどうかね。各々練兵の仕方には違いがあろうから今のうちからそこを統一して、別々の軍としても同じ軍としても動かすことができるようになれば非常時に迅速に動くことができるのではないかな」
ラウムはマルコキアスの話に何度も頷く。
「たしかにそれは良いかも知れない。いくら兵が多く、また強くとも、連携が取れなければ真価を発揮することは難しいからな。現状第一の案とさせていただこう」
その後もちらほらと何人かから兵の派遣の約束と対蛮人戦略についての意見が出てきた。対蛮人戦略については結局最初の案以上に諸卿の支持を得るものはなく、連合軍を組織するというのが最優先の対応策として決定した。
「それでは、これにて第七八二回魔族卿定例会議を閉会致します。ありがとうございました」
翌々日から諸卿の兵士による合同の訓練が開始された。元々魔族は我が強い者が多く、また、同じ魔族とは言っても姿形は様々で移動の仕方も攻撃の方法も違うため一つの軍としての運用の想定は困難を極めた。しかし軍略について多少は知識のあるアスタロト卿を筆頭に諸卿が一昼夜頭を悩ませ続けて何とか訓練計画を立てて、運用に漕ぎ着けることができた。
「回れ、右!!」
初日の訓練は兵士一人一人が他の兵士と歩調を合わせて一つの隊として動けるようにするところから始まった。
そのためにまずは種族に関係なく隊列を組み、掛け声に合わせて動かせるということを行った。
すると案の定色々なところで兵士同士の衝突が起き、殴り合いの喧嘩もそこかしこで勃発した。その度に将官や諸卿たちが出てきて間に入り喧嘩を止めなければならなかった。
そうしているうちにみるみる時間が過ぎていき次の訓練に進むまでに九日を要した。この調子では訓練が完了するまでにどれ程かかるか分からず諸卿たちは揃って頭を抱えたが、参加している魔族の性格上焦って詰め込む訳にもいかずこのまま地道に訓練を進めていく他はなかった。
だが、時間が経つにつれて参加している魔族たちも次第に訓練のやり方に慣れていき、日を追う毎に最初の頃よりもスムーズに訓練を進められるようになってきた。
そんな中、訓練を始めて四ヶ月ほどが経った頃にラウムの領地に蛮人からの侵攻があった。侵攻してきたのは数十人の兵卒のみであったためラウムの私兵のみで難なく撃退することができた。しかもこの四ヶ月でみっちりと訓練されているためにこれまでの迎撃のときよりも手際よく倒すことが出来た。着実に訓練の成果が出ていることに諸卿たちは沸き立った。
このまま訓練を続けていけば兵の精強さも増し、蛮人の侵攻に対する処理もさらに迅速になると期待された。
しかし、その見込みは甘かったと言えよう。
侵攻のあった翌日、再び蛮人からの侵攻があった。しかも人数が昨日の比ではない。斥候が大まかに見ただけでも百五十万は下らないと思われる大軍であった。対する魔族の兵士はおよそ一万五千。元々が蛮人十人を一人で相手取ることができ、かつここしばらくは訓練を重ねてさらに強くなっているとはいえさすがにこの頭数の差は圧倒的不利と言わざるを得なかった。
この事態を受け緊急で魔族卿会議が開催された。会議場の空気は焦りと困惑で満ち満ちていた。
「…………昨日の蛮兵はおそらく斥候であったのだろうな」
レライエ卿の呟きは重苦しい空気の中に溶けていった。
「ひとまず我々の全戦力を既に迎撃に向かわせていることは伝えておきますわ」
魔族軍幹部の一人、シトリ卿が報告をする。
「承知した。斥候から敵軍の人数の他に報告は無いのか」
「現在敵部隊はラウム卿領地の他、アロセス卿とシトリ卿の領地に向けても兵を差し向けているようです。数にものを言わせた布陣を敷いて我々を叩き潰すつもりでしょう」
「三方面から攻められて対応することは可能なのですか?」
「こちらは部隊を五千ずつに分けてそれぞれ展開している。兵の力の差を考えれば暫くは持ちこたえられるだろうが、相手の攻め方や戦闘の期間次第では全軍総崩れという可能性も考えねばなるまいよ」
「ということは我々も出撃ですかな?」
「でなければ勝ちの目は無い。我々が参戦したところで勝てる可能性など万に一つあるかないかと言ったところだが」
「ほとんど負けと言っているようなものではないか。だが、我らの中には広範囲に攻撃が可能な魔術が扱える者もいるだろう。どうにか戦局をひっくり返すことはできないのか」
「そう簡単でもない。魔術の発動にはそれ相応の魔力が必要だ。力のある屈強な戦士が魔力量も多いとは限らないのは貴殿もよくわかっているはずだ。というか戦局に影響を与えられる程の魔術と魔力を兼ね備えている者などほんの一握りだろう。言うほど手軽には行くまい」
「なにか起死回生の策はないのか。フルカス卿は我らの中でも魔術の知識量は随一だが、この状況で勝利に近づけるようなものはご存知ないか」
「そうですなぁ……可能性として無くはないが、如何せん今の状況では使うことが出来ぬゆえ……」
「ふむ……どうしたものですかねぇ……」
諸卿の頭の中には焦燥とともに僅かながら諦観が生まれつつあった。自分たち魔族が蛮人ごときに敗れ滅び去るかもしれないという有り得ないような話が現実味を帯び始めているのだから当然のことと言えるだろう。
「とにかく、まずは我らも戦場に赴くより他あるまいよ。ここで話し合っていても何も解決しないだろう」
その言葉を皮切りに諸卿たちが我先にと席を立ち会議場を飛び出していく。
数瞬の後、その場に残ったのはフルカス、マラクス、ハルファス、マルファスの四名であった。
「フルカス卿、先程の話ですがね。まさかアレのことを言っているのですか?」
「無論そうですとも。他にも戦局打開の可能性を持つ魔術はあるがそれらはどうしてもこちらの兵を巻き込む危険があるのでね。使えるとしたらアレしか無いでしょうな」
「しかしアレはほぼ禁忌のようなものですぞ。一度使ってしまっては後戻りすることが出来ない代物だ。本当にやるつもりですかな?」
「それはこの先の状況を見てから決めることでございます。使わずとも勝てるなら使わない方がよろしい。だがどうしても使わなければならない局面に来たら、いや、使えてしまう局面になったら使うしかないと思っておりますよ。まぁ、あの術について知っている者は七十二卿の中にもそう多くはない。少なくとも今ここにいる誰か一人は生き残るようにしなければ使える切り札も使えないのですがね」
「何を弱気なことを仰っているのですフルカス卿!全軍生き残って蛮人どもに力の差を示しつけてやるのですよ!」
「ほほほ、血気盛んですな。その意気や良し。お母上より今の地位を継いで三十年、最も新しく七十二卿に加わったマルファス卿の活躍を楽しみにしておりますよ」
そう言い残したフルカスは身を翻して戦場へと向かって行った。
「さて、我々も行きますぞ。早くしないと戦果を取られてしまいますからな」
マラクスが棒立ちのハルファスとマルファスを促す。我に返った二人はマラクスと共に会議場から駆け出していった。
ラウム、アロセス、シトリの各領地では熾烈な戦いが繰り広げられていた。戦闘開始時は領境辺りに広がっていた戦線は魔族軍の不利を示すようにじわじわと各卿の領地内に退がってきていた。三方面それぞれの指揮官は軍を少しずつ後退させて全軍を合流させることで形勢逆転への道筋を作り出そうとしていた。蛮人の軍はいくら数が多くとも所詮は騎兵の集まりである。まとめて魔術で攻撃すれば相手の戦力を大幅に削ることができるかもしれない。魔術という対抗策がある魔族が現状頼みの綱とできるのはそれくらいしか無かった。
「前方騎兵隊、一旦下がれ!魔術隊前へ!!」
アロセス領内で戦う魔族軍の指揮官が頃合いを見て司令を出す。騎兵隊の前に出てきた魔術隊が狭い峡谷に集まる無数の蛮人軍に向けて一斉に魔術を発動する。
炎、雷、氷、闇、病、風、土、毒……様々な魔術が蛮人軍に襲いかかる。砂埃が舞い蛮人軍の姿が見えなくなった。
魔族軍の誰もが峡谷の中にいる蛮人の軍勢は全滅したと思った。少し気を緩めつつも固唾を呑んで谷底を見つめる。
徐々に砂埃が晴れていく。
そこにはほぼ無傷の蛮人軍が谷底を埋めつくしたままの光景が拡がっていた。
「ま、ずい……!」
その様子を見た指揮官は何かを察したように血相を変える。その顔には明確な恐怖が浮かんでいた。
「魔術隊防御!!他は全速力で退け!!!」
叫ぶと同時に指揮官自身も防御術式を発動する。
刹那、魔族軍目掛けて無数の魔術が襲い掛かる。指揮官が展開した防御がまだ生きているうちに魔術隊の兵たちが防御魔術を次々に発動する。
蛮人の魔術は個々の威力は微々たるものであったが数の力で魔族の魔術の質を上回っていた。
指揮官の防御術式は一分と持たず破壊され、なおも蛮人軍の魔術はその下で作られていた魔術隊の防御式に雨あられのように降り注いだ。
「伝令、全軍に急ぎ通達!蛮人は魔術を行使する術を得た!不用意に攻撃するとやられる!!」
「承知!」
「はっ!」
伝令がその場を離れるのを確認したあと、指揮官は魔術隊の兵士たちの間を縫うように進んでいき部隊の先頭まで出てきた。
「指揮官……!?」
「全軍、これより持ち場を捨てて退け!退いて他の領地で戦闘を続けている軍と合流し蛮人どもが侵攻するのを迎え撃て!!」
「指揮官はどうされるのです?!」
「私はここに残る!」
「何故です!?指揮官こそお下がりください!!」
「軍の敗走には殿というものが必要なのだ!!私が殿としてここに残る!!お前たちは速く行け!!」
「何故残ろうとされるのです!?殿なら我らが!!」
「私一人が生き残ったところで大した戦力にはならん!それよりはお前らが一人でも多く残った方が後々の逆転の目に繋がる!!さあ速く!!」
「…………!!」
指揮官の言葉を受けて魔術隊が続々と戦場から逃げていく。指揮官は必死に防御術式の展開を続けながら兵が全て逃げていくのを見送る。
「まぁ、私もここで死ぬつもりは無いがな」
指揮官は少しずつ後退していきながら一人ほくそ笑む。そしてくるりと背を向けて防御式を展開しつつ猛スピードで戦場を離脱していく。
アロセス領内の魔族軍は崩壊した。
アロセス領内の軍の指揮官が逃げ出したころ、残る二つの軍の指揮官たちには激震が走っていた。理由は先程の伝令が伝えた話である。
「蛮人が魔術を扱えるだと?!そんなバカな!」
「……蛮人も魔力を持っていたということでしょうかね。伝令、ちなみに聞きますが蛮人の魔術の威力はどうでしたか?」
「は。威力は我々の魔術と比べるまでもなく微弱なものでございます。ただし、人数にモノを言わせた攻撃でこちらを叩き潰してきます」
「ふむ……蛮人の魔術使いはいかほどいたのか」
「申し訳ございません、そこまでは確認できておらず……」
「そうか……まぁ我らの魔術を全て防ぐことができるだけの防御術式が張れるということは蛮人軍の魔術使いは相当な数いるのだろうよ」
ラウム領内の軍を指揮する指揮官たちは驚愕と恐怖が綯い交ぜになった感情で思考が支配されかけていた。
事実、蛮人軍の魔術師は魔族軍の百倍近い人数であった。ただし蛮人軍全体の人数も魔族軍のそれの百倍以上はいるため割合的に見ればそこまで大差は無い。
また蛮人の魔術師は魔族とは異なり魔術の原理を理解して使っているのではなくただの模倣をしているだけであり、さらに一人一人の魔力量も魔族と比べれば無いも同然の少なさであるため個々の魔術の威力は歯牙にかける程のものでも無い。魔族のように複数の魔術を掛け合わせて合技を発動することも出来ない。
しかしそれが何万という圧倒的な物量で襲いかかってくる。一つ一つの力が小さくても数が増えればそれに比例して総力は大きくなっていくというだけの単純な話だ。そしてそれに対応するのは魔族であっても至難の業である。その証拠に崩壊したアロセス領内の軍は指揮官や魔術隊が防御術式を展開しながら素早く兵たちを逃げさせたにも関わらず、逃げた兵の三分の一程が蛮人の魔術によって命を落としていた。
無論、ここまで語ったことは右往左往している魔族軍指揮官たちは知る由もない。知らないままに蛮人軍への恐怖だけがただ増していくのみであった。
「向こう側の魔術師たちの弱点などは分からないか」
「は、それにつきましても確認しているだけの余裕が無く……」
「ふむ……そうか……どうしたものか……」
この時指揮官たちの頭の中には撤退するか総攻撃を仕掛けるかの二択しか残っていなかった。蛮人軍をけしかけて先に魔術を発動させ、そこにカウンターでこちらも魔術を発動し相手を壊滅させるという選択肢もあることにはあったがそれは考慮に入れなかった。実際のところ蛮人軍では最初から魔術は必ず後出しにするように司令が下っていたため、いくらけしかけたところで魔族軍からの反撃という構図はなし得なかった。その点、魔族軍指揮官たちの判断力はまだ健在だと言えよう。
「よし、作戦はこのまま続けよう。攻撃は緩めず少しずつ後退して他の軍と合流して全軍合わせての総攻撃を仕掛ける」
「元々の作戦通りということか。だが本当にそれで勝てるのか?大丈夫なのか?」
「やるしかない。相手が圧倒的物量でこちらを潰そうとしてくるのならこちらも同じように物量で先手を取るまでよ」
と、その時指揮官たちの元に魔族卿たちが続々と到着した。
「状況はどうだ!?」
先頭でやってきたラウムが叫ぶように言う。指揮官と伝令が現在の大まかな様子を伝えていく毎にラウムの顔からは血の気が引いていった。
「それは…………本当、なのか?」
予想だにしなかった事態にラウムの思考はほぼ止まってしまっていた。
「本当です。今この場に於いて蛮人が魔術を行使するというのを実際に目にしたのはこの伝令のみですが、これはアロセス領内の軍を指揮するイブリースが遣わした者です。かなり信憑性のある情報かと」
「そうか……ではやはり七十二卿も前線に出るしかあるまいな」
今度は指揮官たちが驚愕する番だった。
「出撃されるのですか?!」
「無論だ。そもそも私たちは戦うために会議場を飛び出してきたのだ。であればどんな危険な戦場であっても出ねばなるまい。いや、危険であればあるほど我々が前に出て皆を守って然るべきだろう。その為の七十二卿だ。上に立つというのはそういうことなのだよ」
それだけ言うとラウムは身を翻し前線の方へと向かっていった。それに続いて何人もの諸卿たちが勢いよく前線へ走り抜けていく。
「これは我々も率先して前に出なければなりませんね」
「そうだな。行くか!我らの未来のために!!」
「おうとも!!」
前線では指揮官たちの想定を遥かに上回る凄絶な戦が繰り広げられていた。
最前線では魔族軍の兵士一人に対して蛮人軍の兵士百人が襲いかかってくるような白兵戦、その後ろからも波のように兵士が襲いかかり、後方にいる部隊に対しては矢の雨が降り注ぐ。そんな攻撃が絶え間なく行われており状況は蛮人軍による袋叩きの様相を呈していた。
途中から参戦した諸卿たちの活躍によって魔族軍の戦線は多少回復したものの、未だ劣勢であることに変わりはない。
「前線の皆!!可能であれば蛮人軍の魔術師を優先的に倒せ!!蛮人は魔術を扱う術を得ている!!こちらが迂闊に魔術を発動すれば反撃を喰らう!!可能であればで構わない!!が、出来れば向こうの魔術師を倒してほしい!!」
前線に散らばった諸卿が各々兵士に呼びかけていく。自分たちの最大の武器である魔術を自由に使える状況にして戦況を覆すために、蛮人軍の中でも比較的魔力を多く持つ敵や魔術師のように見える敵から攻撃していくこととなった。
しかしそう簡単にいくものではない。蛮人軍の強固な前線部隊はほぼ全員がただの戦士たちであり、魔術師たちは遥か後方で待機して機を伺っているため魔術師だけを狙って倒していくという方策は現実的ではなかった。結局は前にいる部隊から順番に少しずつ削っていくことしか出来ない。
それでも前線の兵士たちの尽力によって少しずつ魔族軍も勢いがつきはじめ、僅かながらも蛮人軍の部隊を押し返すようになってきていた。
だがその状況に違和感を覚える者もいた。諸卿たちが前線に参戦したとはいえ魔族軍の兵力は然程変わっていない。それにも関わらず形勢を逆転しつつあるのは些か不可解なことであった。また、戦うことに無我夢中になっていて気がついていない者が大半であるが、先程から蛮人軍の攻勢が弱まっている。ここまで蛮人軍が押している状況であるならばさらに押せば圧し崩すことは容易いはずだ。普通の指揮官であれば力押しを続けるよう司令を出すだろう。しかし彼らはそういった行動を取らない。それは一部の聡い者たちに嫌な予感を抱かせるには十分であった。とはいえ気がついた者たちも襲ってくる敵を捌くのにいっぱいいっぱいであり、指揮官や諸卿に進言したり対策を立てたりするほどの余裕は無い。
そして、タイミングや内容は何であれ嫌な予感というものは得てして当たるものである。
蛮人軍の攻勢鈍化を好機と見た前衛部隊が畳み掛けていく。
魔術部隊はしばらく攻撃の予定がなかったためその場に留まっている。前衛部隊が勢いにのっていることもあり戦闘開始時と比べると魔術兵たちは少々手持ち無沙汰になっていた。
刹那、魔族軍の背後から何かが飛び出してくる。
次から次へと現れるそれは音もなく魔術部隊に襲いかかり、手当たり次第に命を奪っていく。
「な、何だ……?!」
魔族たちが気がついた頃にはかなりの数の魔術兵がやられていた。
「き、奇襲だ!!」
「魔術を使え!!」
怒号が飛び交い、混乱した兵士たちが右往左往しては一人ずつ狩られていく。
飛び出してきていたのは蛮人軍の奇襲部隊であった。魔族軍の横を大きく回って背後から忍び寄り、魔族軍を挟み撃ちにしようという魂胆であった。そしてその策略は見事に当たった。
混乱に満ちた魔族軍の魔術部隊が魔術を乱発する。一人、また一人と蛮人軍の兵士が斃れていくが如何せん数が多い。一向に奇襲部隊は減らず、挟み撃ちにされた魔族軍の数だけが着実に少なくなっていく。
その時。
「行けぇぇぇぇ!!」
号令が響き奇襲部隊の背後からさらに魔族軍が突撃を仕掛けてくる。シトリ領内で戦っていた部隊である。彼らは少しずつ前線を退げ、ラウム領内で戦っていた軍と合流するためにやってきたのだった。
「仲間だ!!」
「助かった……!」
安堵する者も多かったが、それも束の間のものに過ぎない。シトリ領で戦っていた魔族軍がやってくるということはその後ろから追加の蛮人軍がやってくることに他ならない。潰すことが出来たのは蛮人軍の奇襲部隊くらいのもので、シトリ領を攻めていた蛮人軍諸共混戦となった。
それでも集まった魔族軍兵たちの決死の戦いによってどうにか戦線の拮抗を保っていた。しかし、それにさらに追い打ちをかけるように今度はアロセス領を攻めていた蛮人軍が敵の戦線に加わった。三方向から攻められる魔族軍はみるみるうちにその数を減らしていく。
あちらこちらで七十二卿も斃れ、その度に魔族軍の士気も下がっていった。
「……これはまずいかもしれませんな」
魔族軍の残兵数は二千をきり、七十二卿のうち死者が六十人を超えた。
「…………ここまで来てしまったからにはやる他はないようですな」
既にマラクス・マルファス両名は命を落としている。
「フルカス卿!!」
ハルファスが近寄ってくる。息を切らして肩を上下させているところを見るにかなり離れたところからフルカスのもとを目指して駆けてきたのだろう。
「おお、これはハルファス卿。ご無事で何より」
「フルカス卿もご無事で何よりです。状況はどうですか?」
フルカスは黙って首を横に振る。
「左様ですか……。ちなみに、例の魔術は……?」
「それについては残念ながら使える状況になってしまっておりますな」
「…………」
ハルファスの表情が見るからに暗くなる。
「ハルファス卿」
フルカスが穏やかな声で呼びかける。ハルファスは沈んだ表情のまま僅かに顔を上げる。
「生きるものには死があります。栄えるものには滅びがあります。始まるものには終わりがあります。どう足掻こうとも我々もその流れには逆らえません。例え相手が蛮人なのであろうとも、滅ぶ時には滅ぶのです」
「ですが……!!だからと言ってそれをそのまま受け入れてしまっていいと言うのですか……!!」
フルカスは口角を上げる。
「いいえ。もちろんそんなことを甘んじて受け入れる訳が無いでしょう。滅びには徹底的に抗う。終わりにはとことんまで逆らう。それが生きるものの権利であり性というものです」
「で、では……!いやしかしそれでは……」
「ハルファス卿」
今度は力強い声で呼びかける。フルカスの纏う空気が変わったことにハルファスは思わず目を丸くしてフルカスの顔を見た。
「確かに私の命運はここで尽き果てるかもしれませぬ。今ここに立っている『フルカス』という者としては終わりだと思われるでしょう。たしかにその通りです。ですがね、子孫が、仲間が、そして種族そのものが続く限り終わりではないのです。歴史が続く限り過去に存在したものには生きた意味があり、未来があるのであれば我らの足跡は存続という確たる証拠を以ていつまででも残り続ける。ですから私は私という存在を賭けて魔族という存在を僅かでも残し、これから先の世代に時代を繋ぐ。未来とは我らのように今を生きるものにとって希望であり夢です。いくら手に入れたいと渇望しようとも届くことのない星のようなものなのです。それをこれから先の世代が掴んでくれると言うのなら、この老爺の命など喜んで捧げましょう。そもそも、ここまでに同胞一万三千が命を落としています。七十二卿も既に六十人が戦場の土となっている。今更老い先短い私が命を賭したところでそれは誤差というものです。いや、むしろ生き残り過ぎてしまったくらいかもしれませぬな」
「……何か、何か他に方法は……」
「残念ながら私はこれ以外に今の状況を打開する方策を知りません。もっと被害が少なく、そして早い段階で使えるものがあるなら既に使っているはずでしょう。この段階になって使うということは、もうこれ以上のものは無いのです。私の命と魔族を天秤にかけた時、重いのは間違いなく魔族でしょう。もうやるしかないのですよ」
ハルファスにはもう黙って俯いている他なかった。
「ハルファス卿はそこで見ているなり戦線に戻るなりしてくだされ。後は全て私が行いましょう」
ハルファスは何をするでもなく虚ろな目でフルカスの一挙手一投足を見つめる。
「……此なるは数多の因果と業を編み上げた隆盛と栄華への執念なり。死の必定を超えんが為の禁忌破りなり。必滅の道を歩む我らの最後の希望なり。命の狩人、冥府の主、輪廻の真理。我らは今、其れらに反旗を翻す。とくと見るが良い。この術を以て我ら魔族の永久を確たるものとする。我の全てを呑み込み顕現せよ!『因果反転・汝、我らを統べる王となれ』――!!」
詠唱を行うフルカスを中心として足元に魔法陣が刻まれていく。
風が集まる。
フルカスの身体が指先から徐々に壊れ、砂のように崩れ落ちていく。
それは発動者の命と全魔力を以て行う反魂法であり、七十二卿のうち六十人以上の死体を用いた人体錬成術であり、何千年も前の遥か昔の魔族が生み出した最後の切り札であった。魔族の主たる七十二卿の大半が死に絶えてその統率力が失われたということは七十二卿に代わって更に上に立つ統率者を生み出す必要がある、という理論をそのまま魔術に置換したものである。
風が一段と強まる。
魔法陣から強烈な光が放たれる。呆けていたハルファスも我に返り思わず目を覆う。
光が収まったとき魔法陣の中央にはフルカスはおらず、その代わりに筋骨隆々の巨躯が聳え立っていた。
ハルファスはその場に跪き頭を垂れた。
彼の本能が頭の中で絶え間なく警鐘を鳴らしていた。
冷や汗がとめどなく彼の全身を流れ落ちていく。
身体の震えが一向に治まらない。
尋常ではない魔力量に圧倒されて身動きが取れない。
歯の根が合わず、何か言おうにも上手く言葉が出てこない。
何をしようとも勝てない、ということが直感でわかるほどに彼らの間には絶対的な力の差があった。
「…………あ、……あ、あ、なた、は」
ようやっとの思いで絞り出すことができた言葉はその一言のみであった。
「……汝が、我を呼び出したのか。…………いや、我を呼んだものは既に命を落としているのだったか」
一言一言が重い。言葉に重みがあるのではなく、物理的な圧力が高まっている。目の前の「それ」が行動を起こす度に七十二卿でも耐えられずその場に頽れるほどの何かが発生しているのだ。
「ぐぅ……うぁぁ…………」
ハルファスもその場に蹲って呻くことしかできない。
「汝の問いに答えてやろう。我は、魔を統べる王である」
ハルファスは残った気力のみでほんの少し顔を上げる。
「……魔を……す、べる……王……?」
「それ」はゆっくりと、そして大仰に頷いてみせる。
「左様。我は魔王なり。魔王ソロモンである」
さあさあお楽しみいただけましたでしょうか。序盤では魔族の会議であることを書かなかったので途中で魔族卿の会議だとわかって驚いた方もいらっしゃるかも?まぁ、魔族卿たちの名前はソロモン七十二柱の悪魔の名前から引っ張ってきているのでそれで察した方もいらっしゃるかもしれませんがね〜。
様々なアニメや漫画、ゲーム等に登場するキャラクター、魔王。結構お馴染みの方も多いのではないでしょうか。
魔王の登場する物語の多くは「人間(勇者等)vs.魔王(軍)」という構図になっている気がします。そして、描かれるのは無論人間側からの視点の物語。魔王やその配下たちは物語における「絶対悪」として登場している訳ですね。
王というものは如何なる場合であってもそれ単独でその地位を確立することはできません。複数の民や臣下がいて、その上に立つからこそ「王」という呼称が通用するのです。もし配下に一人しかいないのならそれはただの「主従」であって「王と配下」という構図ではないと私は考えています。
そして王が王であるのにはそれ相応の理由があるはずです。それが善か悪か、上からの支配か下からの支持かはそれぞれの王で異なりますが、何はともあれ王として仰がれるだけの"何か"があることになります。
魔王の登場する物語でその配下の様子を見てみると、大抵の場合魔王に絶対的と言えるほどの服従を誓う者が多い印象があります。人間世界で裏切りがあっても、魔王軍の中で裏切りがあるというのはなかなか少数なのではないでしょうか(私の偏見かもしれませんが)。
ということは彼らにとって魔王というのはそれだけ強い服従を誓うに相応しい相手であるということになります。
そこで私は服従を誓う理由が何なのかを考えてみました。大抵の物語内では魔王とその配下の力関係は圧倒的と言っていいほど魔王が強いので、それ以外で何か無いか色々想像してみました。
そうしてみた時にある一つの考えが浮かびました。そもそも魔王とは悪なのか、と。魔族は本当に悪でしかないのか、と。
人間から見てみれば魔族や魔王というのは自分達と比べるまでもなく強大で、まともに戦って勝てるような相手ではありません。だからこそそれを「悪」としてそれを打ち倒す勇者というものがもてはやされる訳なんですが、第三者の目線から見た時に人間が善で魔王が悪という認識は成り立つのかでしょうか。
ここの関係性で大まかに言えることと言えば、人間が弱で魔王が強ということだけではないでしょうか。人間より強いから悪、という等式は必ずしも正しいものではありません。例えば自然というものは人間の力では太刀打ちできない強大さを持っていますが、だからと言って悪という訳ではありません。もちろん人間にとって負の側面はありますが、それは自然の営みに人間が合っていなかったり、人間の暴虐の結果生まれた厄災だったりします。
ちょっと話は逸れましたが、人間から見て強くても善、というかむしろ人間が悪であるという場合だってある訳です。
もしかしたら魔族だってそうなのではないでしょうか。魔族は人間を脅かす側というのが通例ですが、実は人間が魔族の存在を脅かしている、なんていうことも有り得るはずです。いや、人間という生き物がこれまで積み上げて来た歴史を考えればほぼ確実にあると言える気がします。まぁ全て空想上の話なので分かりませんが。
何はともあれ、人間が魔族の存在を脅かした結果生まれた存在が魔王、なんていう世界があってもおかしくないのではないか。そう思って書き上げたのがこの小説です。いつもとは違う視点から(?)の魔族のお話、楽しんでいただけましたでしょうか。
とか何とか語ってたらめっちゃ長くなりましたねぇ後書き!?なにこれびっくり。そしてここまで読んでくだった貴方はかなりのもの好きですねぇほんとに……。そんなもの好きの貴方はもしかすると私と気が合う同類の人間かもしれませんね!いや、そんな事言われても嬉しくないか……。
読んでいただきありがとうございます!この作品では誤字・脱字報告、感想、レビュー等を募集しております。何かしら書いていただけると作者としてはかなり励みになります。お忙しいこととは思いますが、ぜひぜひお願い致します。




