9:求愛の日
ティリット王国との調停が終わるまで、私達一家は帝都に滞在することになった。
帝都のハモンド侯爵邸でのんびり過ごすはずが──エドガーは毎日のように顔を出してくる。
まったく、心配症なんだから。
私はもう子供じゃないのに……そう思う一方で、忙しいはずの彼がそこまで私を気に掛けてくれるのは、正直に言えば嬉しかった。
「シアはどこで暮らすつもりなんだ?」
「落ち着いたら領地に戻って、お父様とお兄様のお手伝いをしながら領主邸でのんびりするつもりよ」
庭園で紅茶をいただきながら、和やかなひととき。
けれど、次の瞬間に投げ掛けられた言葉が、私の心臓を跳ねさせた。
「そこに、もう一人加わってもいいか?」
「……え?」
さぁぁ……と風が木々を揺らす。
「俺も、一緒に連れて行ってくれ」
「なにを言っているの、貴方は帝都に居るべき人でしょう?」
「そんなことはどうでもいい。俺は──」
切羽詰まった顔のエドガー。汗ばむ額、宙を彷徨う瞳。
こんな彼を、私は見たことがない。
「俺は、君と離れたくないんだ、シア……」
ドクン、と心臓が強く脈打つ。
「シア、俺と結婚してほしい」
耳朶を打った言葉が、鼓膜だけでなく胸の奥を震わせた。
「な、何を言っているの……ダメよ、私みたいな出戻り女じゃなく、貴方にはもっと相応しい相手が……」
「そんなのは関係ない! 俺にとっては、いつだってシンシアが一番だ!」
拳がテーブルに叩き付けられ、ティーカップがかすかに浮いて音を立てた。
サファイアの瞳が炎のように揺れて、私を捕らえる。
「他の女になど興味はない。俺は、君が──君だけが欲しいんだ!」
視線を逸らすこともできない。
胸が熱いのか、痛いのか。わからない感覚が私を締め付ける。
「ま、待って! 急にそんなこと言われても……」
ダメだ。
今の私は、きっと酷い顔をしている。
顔が火照って、まともにエドガーの顔を見つめることさえ出来ない。
急に?
ううん、エドガーは幼い頃から何度も言っていた。
『大きくなったら、僕と結婚して』って……そんな子供の頃の約束。
実際に大きくなって、色んな人と出会って、恋を知ったなら消えてしまう、淡雪のような言葉……だとばかり思っていたのに。
あれは全部、本音だったというの?
本当に?
エドガーが、今でも私を?
考えれば考えるほど、顔が熱くなってくる。
子供の口約束だと思っていた言葉。
それが今、本気の求婚に変わって目の前に差し出されている。
「あれは……全部、本音だったの……?」
考えるほどに胸が熱くなる。
「……シア?」
名前を呼ぶ声に、ビクリと身体が震えた。
駄目だ。この声を聞くだけで、心が揺れてしまう。
「ごめんなさい、少し考えさせて!」
立ち上がった拍子に椅子が軋む。
彼の方を見られないまま、私はその場から逃げ出した。
胸に残ったのは、痛みとも甘さともつかない熱。
これは恋なのか、それとも──。