8:side エドガー ~苦悩の日々~
ティリット王国から縁談の話が来た時は、頭に血が上ってしまった。
なんでシンシアを他国に嫁がせなければいけないのか。
父上も叔父上も、当のシンシアまでもがそれを受け入れていると聞いて、何も信じられなくなった。
確かに我がハンフリーズ帝国の皇族にも、高位貴族の筆頭とされる公爵家にも年頃の令嬢は居らず、国内で未婚かつ婚約者の居ない女性の中で最も地位が高いのはシンシアだった。
それも当然だ、彼女に言い寄る男は全て俺が牽制してきたのだから。
それが何だ、ティリット王国の第三王子と結婚させるって?
二国間の和平のため?
そんなことの為に、シンシアを遠い異国へと嫁がせようと言うのか。
しかも父上は、俺が反対することを分かっていて、俺が不在の隙にシンシアを出国させた。
裏切られた気分だった。
いや、事実裏切られたんだ。
俺のシンシアに対する想いを知りながら、彼女を別の男に嫁がせるなんて……。
「お前の結婚相手なら他にも候補は居るが、ティリット王国との絆を深めるには、彼女ほどの適任者は居ないのだ」
父上はそう言っていた。
ふざけるな。
俺の心にだって、シンシアただ一人しか居ない。
出来の良い兄上と比べられて、荒んでばかり居た幼い頃。
彼女の笑顔だけが、俺の癒しだった。
皆それを分かっているくせに、どうして俺からシンシアを引き離そうとするのか。
そんな彼女が、このハンフリーズ帝国に帰ってきた。
ネックレスに掛けた魔法が発動したと気付いた瞬間、心臓が凍り付く思いがした。
シンシアの身に、一体何があったのか。
彼女のことを考えない時はなかった。
毒を飲まされ、殺されかけたと聞いて、ティリット王国の第三王子を殺してやりたいとさえ思った。
俺のこの手で八つ裂きにしても、まだ足りない。
シンシアを妻に迎えるという、この世で一番の幸福に恵まれながら、何を企んでいるのか。
腹が立つ一方で、同時にどす黒い喜びに打ち震えもした。
もう二度と、彼女を離さない。
この帝国で、俺の傍に置いて、他の男の手の届かぬところに……って思っていたのに。
どうして、シンシアは侯爵領で余生を過ごすなんて言うんだ。
あんまりじゃないか。
俺の想いを分かって言っているのか、それとも……。
父上も兄上も「そんなに一緒になりたければ、自分で口説け」の一点張りだ。
ああ、そんなことは分かっている。
勿論、そうするつもりだ。
これ以上、後悔なんてしたくない。
二度と彼女を失わない為にも──もう、なりふり構ってなんて居られないんだ。