7:帝城での日々
私とお兄様、そしてハモンド侯爵であるお父様は帝城に招かれ、皇帝陛下との謁見に臨むことになった。
ハンフリーズ帝国を預かる皇帝陛下との謁見──とは言っても、私は陛下の実の姪。
通された部屋は謁見の間ではなく、帝城の奥まった一室。
「やぁ、大変だったようだね、シンシア」
「伯父様……! お久しぶりです」
レナード・ハンフリーズ皇帝陛下──レナード伯父様が、両手を広げて出迎えてくれる。
「すまないな。政略結婚になど出すのではなかった」
「だから最初から反対していたのです!」
声を荒らげたのは、第二皇子のエドガーだ。
その隣で皇太子ジェイラス殿下が肩を竦める。
「お前はシアが自分以外の誰と結婚しようとも、反対しただろう」
「そ、それは……!」
図星を突かれたのか、エドガーが口ごもる。
私のことを一番に考えてくれるのは分かっているけれど──貴族令嬢が政略結婚するのは当たり前のことなのに。
「伯父様が謝ることはありません。私こそ、勝手に王城から逃げ出してきてごめんなさい」
「何を言う。殺されかけたのだ、当然のことだ!」
レナード伯父様の言葉に、ホッと胸を撫で下ろす。
追及されないと分かっただけで、どれほど救われることか。
「ティリット王国には抗議を入れておいた。シンシアとロバート王子の婚姻は、向こうの過失として解消出来る。……いや、あんな男とこれ以上夫婦でいるなど、私が許さん」
「ありがとうございます」
ああ、本当に良かった。
これであの地獄のような日々は、すべて過去に出来る。
「して、シンシアはこれからどうしたい?」
「それでしたら──」
すぐ隣で、エドガーが身を乗り出した気配がした。
けれど私はそれを遮り、伯父様を真っ直ぐに見上げて答える。
「侯爵領で、のんびり余生を過ごしたいと考えております」
「……え?」
一瞬、エドガーの身体が揺らぐ。
青の瞳が大きく見開かれ、息を呑む音がはっきり聞こえた。
「幸いにして、お父様もお兄様も、出戻りの私を歓迎してくださっているので」
「当たり前だ」
ふんと鼻を鳴らす父の横で、兄が力強く頷く。
「政略結婚も社交も、もうこりごりです。せっかく家に戻れたのですから、しばらくはのんびりしたいのです」
「そうか。それが良い」
伯父様の瞳はどこまでも温かい。
ああ、優しい人に囲まれて幸せだ──あのティリット王国での辛い日々が、夢だったかのように思えてしまう。
……けれど。
唯一、エドガーだけが呆然と立ち尽くしていた。
揺らぐ瞳に、彼が押し殺した想いが、確かに滲んでいる気がした……。