6:side ティリット ~混乱の日々~
ティリット王城の奥まった一室に、ぐしゃり……と紙束を握りしめる音が響く。
「誰か、ロバートを呼べ!!」
怒気を孕んだ声を張り上げたのは、王城の主であるティリット国王ドミニク・ティリットだ。
彼の声に慌てた従者が、第三王子ロバートの元へとひた走る。
「お呼びでしょうか、父上」
のらりくらりと現れた息子の顔を見た瞬間、ドミニクの怒りは臨界に達した。
「貴様、自分が何をやったか分かっているのか!?」
雷鳴のような叱責が飛ぶ。
「な、なんですかいきなり!?」
訳も分からず狼狽えるロバートを、父王ドミニクが眉間の皺を深くして睨み据える。
「どうしてシンシア嬢に毒を盛るなどした!? あの娘は帝国との和平の為に重要な人物なのだと、知らぬ訳ではなかろう!!」
「そ、それは……っ」
ここに来てようやく自分が呼び出された理由を察してか、ロバートの額から一筋の汗が伝う。
「大丈夫です、父上。僕が手配した毒は、遺体からは何の痕跡も残らない毒だと言われていて……」
「阿呆が。貴様は、それをどこで手に入れた?」
「は、魔塔で調合して貰いましたが……」
ロバートの言葉を遮るように、深い深いため息が零れた。
ロバートが魔塔で手配した毒は、確かに遺体からは異常が検知されない、特殊な物だ。
古今東西で暗殺に用いられ、今となっては入手出来るところが制限されている。
──しかし、それも“殺害が成功していなければ”意味がない。
どのようにしてかシンシアは服毒死を免れ、証拠品である毒の小瓶は彼女の手に渡ってしまった。
痕跡を残さずに相手を死に至らしめる毒であったとしても、毒そのものが相手の手に渡っては、何の意味もないのだ。
入手が困難な毒であればあるほど、入手経路は限られてくる。
ましてや魔塔で手に入れたとなれば、魔塔への立ち入りは全て記録として残されている。
「なんという……」
(今から魔塔に記録の改竄を命じるか? いやしかし、改竄したこと自体が漏れてしまえば、もうそれ以上の言い訳は出来なくなる)
(それよりは──)
「背に腹は代えられん、か……」
「は? 父上、今何と……?」
呆けた表情で父を見遣る息子を、父王が忌々しげに睨み付ける。
「全ては自分達が蒔いた種だと知れ!」
ロバート王子がその言葉の意味を思い知ったのは、数日後のことだった──。