12:旅立ちの日
「シア、家に居ていいのかい?」
「うん……」
王都のハモンド侯爵邸。
今日は大事な日だというのに、エドガーは私に付き添ってくれていた。
そう。
ティリット王国の第三王子ロバート・ティリットの処刑が執行される日だ。
きっと帝城前の広場には、大勢の人達が集まっていることだろう。
政略結婚の為に嫁いだ花嫁に毒を盛り、殺めようとした大罪人。
帝都の新聞は、連日その件で大賑わいだ。
その末路を見届けようと、多くの人が注目しているはずだ。
「自分のせいで人が死ぬところなんて、見たくないの……」
言葉にした瞬間、喉が締めつけられる。
あの日、議場に持ち込まれた陶器の壺。
あの中には、きっとネリー・エヴァーツ公爵令嬢の首が収められていたはず。
その首さえ、確認する勇気はなかった。
目の前でロバート殿下の首が刎ねられるところなど、見たくはない。
「シアのせいじゃないさ」
エドガーが、どこかムッとしたように答える。
……彼の言うことは、分かっている。
それでも、やはり怖い。
自分の存在が、誰かを犠牲にしている気がしてならないのだ。
「お父様とお兄様が行っているから、万事上手くやってくれるでしょう」
「そうだな」
エドガーは行かなくていいの?
喉元まで出掛かった言葉を、慌てて飲み込む。
「じゃ、やっぱり行ってくる」なんて言われたら、堪ったものではない。
こんな時くらい、誰かに傍に居てほしい。
そんな我儘から、エドガーの裾を掴んでしまう。
「本当はね……ずっと、怖かったんだ」
怖いのは今に始まったことではない。
あの議場で戦争の話題が出た時から……ううん、ティリット王国で毒を盛られたあの日から、私のせいで大勢の人が死ぬ未来が垣間見えて、恐ろしかった。
大勢の人が犠牲となることは回避出来たけれど、結局、血は流れてしまった。
「政治とか、国の運命とか……そんなのから離れて、ハモンド領でのんびりしたいなぁって」
「……そうだな。それが一番いい」
私の言葉に、エドガーが笑いながら髪を撫でてくれた。
……温かい掌。
彼の温もりに、じんわりと涙が滲んでくる。
「そこに、俺の居場所があればなお嬉しいんだが」
「……エドガーは、田舎でのんびり隠居暮らしをするような人じゃないでしょ」
ぐすっと鼻を啜りながら答えると、笑い声が返ってきた。
「大丈夫だよ。政治だの何だのは、全部兄上がやってくれる」
「……そんなこと言ってると、また怒られるよ?」
「構いやしないさ」
愛情なんて、望まない。
期待したところで、裏切られるだけ。
そう心に決めてから、そう時間は経っていないはずなのに……凍り付かせた心を溶かそうと、貴方が私の心に熱を与えてくる。
「結婚とか愛とか、もうそんなのはごめんだって……思ったはずなのにな」
「全部、相手次第だろ」
あっけらかんとしたエドガーの言葉。
まるで「自分となら幸せになれる」とでも言いたげね。
ううん、事実そう言っているのだろう。
こちらが悩むのがアホらしくなるくらいに、彼の想いは真っ直ぐだ。
「一緒に来てくれる分には、構わないよ」
「本当か!?」
彼の想いに、答えた訳ではない。
こんな一言で、そこまで喜ばれると、こちらが申し訳なくなってしまう。
「飽きたら、すぐに帰っていいからね」
「飽きる訳がないだろう。俺は五歳の頃から、ずっとシアだけを想い続けてきたんだぞ」
……ケヴィンの言う通りだ。
ずっと、私のことだけ想ってくれていたんだな……。
その言葉に、じわじわと、心が溶かされていく。
「重すぎるよ」
「諦めろ」
彼の両腕が、私の身体を。
彼の言葉が、私の心を、包み込む。
この温もりから逃げる気になれない時点で、私の心は、もう決まっていたのかもしれない。
今はまだ、誰かを信じることも、心を預けることも、怖いけれど……
きっと、私達の関係が変化するまで、そう時間はかからない……不思議と、そんな気がした。









