10:思案の日
「シンシア様、こんなところにおいででしたか」
「ケヴィン……」
エドガーからの突然のプロポーズに動揺した私は、庭園の片隅、薔薇で出来た生け垣に身を隠すようにして蹲っていた。
私の姿が見えなくなって、探しに来てくれたのだろうか。
護衛騎士ケヴィンの額には、うっすらと汗が滲んでいた。
「まったく、護衛泣かせなところに居られる」
「ごめんなさい、姿を隠すつもりはなかったのだけれど……」
動揺して人目に付かない方へと走ったら、結果的にそうなってしまった。
ケヴィンだけではない、侯爵家の人々にとって、つい先日殺されかけたばかりの私が姿を隠してしまえば、不安にもなるわよね。
悪いことをしてしまったわ。
「別に謝られるようなことではないのですが……どうなさったのですか?」
「えぇと、それが……」
どうしたと聞かれても、なんと答えたら良いのだろう。
真っ赤な顔で座り込んで、膝に顔を埋めていれば、何かあったのは明白だ。
心配してくれるのは嬉しいが、言葉に迷ってしまう。
「皇子殿下に想いでも告げられましたか?」
「ええっ!?」
どう答えたものかと悩む私より先に、ケヴィンがさらりと正解を言い当ててしまった。
私が驚く様子に、ケヴィンが目を細めて笑う。
「……どうして分かったの?」
「お二人を見ていれば、分かります」
さらりと答えるケヴィン。
……確かに、長年当家に仕えているケヴィンは、私とエドガーのことも良く知ってはいるけれど……そんなに、分かりやすかったかしら?
「気付いていないのは、シンシア様くらいなものでしょう」
「そうなのかしら」
確かに、幼い頃には将来を誓うような言葉を何度も聞かされた気はする。
だからって、それが大人になった今でも有効かと言われれば、また別の話だ。
「最初に言われたのは……確か、五歳くらいの頃よ。そんなの、子供の口約束だって思うじゃない」
「殿下はその頃から、ずっと大事に温めてきたのでしょうね」
何を……なんて、聞くまでもない。
私への想いを──ということなのだろう。
エドガーが? ずっと?
トクトクと、小さな音が胸の奥で響く。
目を閉じれば、幼い頃の淡い想い出が、色鮮やかに蘇るようで──。
「……シンシア様、私が言ったことを覚えていらっしゃいますか?」
そんな私を現実に引き戻してくれたのは、ケヴィンの声だった。
「えぇと、貴方が養ってくれる……ってこと? 勿論覚えているわ」
私が頷くと、ケヴィンが目を細めて笑う。
その笑顔は、どことなく寂しげな翳りを帯びていた。
「あの時の貴女は、今ほど動揺していらっしゃいませんでした。さらりと躱されたなと、残念に思ったものです」
「そ、そうだったかしら……」
だって、相手は世慣れたケヴィンだもの。
侯爵家の侍女達だけでなく、ティリット王国の女性達までも、ケヴィンに見惚れていたものだわ。
そんな女性慣れした人から言われても、社交辞令くらいに受け止めてしまうでしょう。
「貴女は男性からのアプローチに慣れているから、多少の言葉ならばさらりと躱せる。でも、皇子殿下からの言葉は躱せなかった……違いますか?」
「……違わないわ」
ケヴィンに改めて言われるまでもない。
エドガーの言葉と、その他大勢の言葉。
何がどう違うのだろう、なんて……比べる気にさえなっていなかったのだから、不思議なものだ。
「俺だって、本気で言ったつもりなんですけどね」
「え……?」
ため息混じりに告げられた言葉に、思わずケヴィンを見上げる。
従順な護衛騎士の、いつも通りの穏やかな笑顔。
その表情から、彼の真意を読み取ることは……私には、難しそうだ。