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10/12

10:思案の日

「シンシア様、こんなところにおいででしたか」

「ケヴィン……」


エドガーからの突然のプロポーズに動揺した私は、庭園の片隅、薔薇で出来た生け垣に身を隠すようにして蹲っていた。

私の姿が見えなくなって、探しに来てくれたのだろうか。

護衛騎士ケヴィンの額には、うっすらと汗が滲んでいた。


「まったく、護衛泣かせなところに居られる」

「ごめんなさい、姿を隠すつもりはなかったのだけれど……」


動揺して人目に付かない方へと走ったら、結果的にそうなってしまった。

ケヴィンだけではない、侯爵家の人々にとって、つい先日殺されかけたばかりの私が姿を隠してしまえば、不安にもなるわよね。

悪いことをしてしまったわ。


「別に謝られるようなことではないのですが……どうなさったのですか?」

「えぇと、それが……」


どうしたと聞かれても、なんと答えたら良いのだろう。

真っ赤な顔で座り込んで、膝に顔を埋めていれば、何かあったのは明白だ。

心配してくれるのは嬉しいが、言葉に迷ってしまう。


「皇子殿下に想いでも告げられましたか?」

「ええっ!?」


どう答えたものかと悩む私より先に、ケヴィンがさらりと正解を言い当ててしまった。

私が驚く様子に、ケヴィンが目を細めて笑う。


「……どうして分かったの?」

「お二人を見ていれば、分かります」


さらりと答えるケヴィン。

……確かに、長年当家に仕えているケヴィンは、私とエドガーのことも良く知ってはいるけれど……そんなに、分かりやすかったかしら?


「気付いていないのは、シンシア様くらいなものでしょう」

「そうなのかしら」


確かに、幼い頃には将来を誓うような言葉を何度も聞かされた気はする。

だからって、それが大人になった今でも有効かと言われれば、また別の話だ。


「最初に言われたのは……確か、五歳くらいの頃よ。そんなの、子供の口約束だって思うじゃない」

「殿下はその頃から、ずっと大事に温めてきたのでしょうね」


何を……なんて、聞くまでもない。

私への想いを──ということなのだろう。


エドガーが? ずっと?

トクトクと、小さな音が胸の奥で響く。

目を閉じれば、幼い頃の淡い想い出が、色鮮やかに蘇るようで──。


「……シンシア様、私が言ったことを覚えていらっしゃいますか?」


そんな私を現実に引き戻してくれたのは、ケヴィンの声だった。


「えぇと、貴方が養ってくれる……ってこと? 勿論覚えているわ」


私が頷くと、ケヴィンが目を細めて笑う。

その笑顔は、どことなく寂しげな翳りを帯びていた。


「あの時の貴女は、今ほど動揺していらっしゃいませんでした。さらりと躱されたなと、残念に思ったものです」

「そ、そうだったかしら……」


だって、相手は世慣れたケヴィンだもの。

侯爵家の侍女達だけでなく、ティリット王国の女性達までも、ケヴィンに見惚れていたものだわ。

そんな女性慣れした人から言われても、社交辞令くらいに受け止めてしまうでしょう。


「貴女は男性からのアプローチに慣れているから、多少の言葉ならばさらりと躱せる。でも、皇子殿下からの言葉は躱せなかった……違いますか?」

「……違わないわ」


ケヴィンに改めて言われるまでもない。

エドガーの言葉と、その他大勢の言葉。

何がどう違うのだろう、なんて……比べる気にさえなっていなかったのだから、不思議なものだ。


「俺だって、本気で言ったつもりなんですけどね」

「え……?」


ため息混じりに告げられた言葉に、思わずケヴィンを見上げる。

従順な護衛騎士の、いつも通りの穏やかな笑顔。

その表情から、彼の真意を読み取ることは……私には、難しそうだ。

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