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#08:早朝の交流と熱くなる鼓動

「ハッ…ハッ…」


 翌早朝、朔馬は日課の走り込みをしていた。

 まだほのかに冷え込んだ空気を肺に吸い込み、ほぅーっと息を吐く。もう四月も終わりと言えど、やはり朝は少し手足の先が冷たい。

 それに、昨日は珍しいことが続いたこともあり、普段よりもなんだかふわふわしたような感じがする。


(今日はこっちの道行ってみるか…)


 不思議な高揚感に従って、いつもなら素通りする曲がり角を曲がる。


(あれ…人がいる。中学生かな?)


 早朝ランニングとは健康的だな、などと思いながら人影に近づいていくと、ふと後ろ姿に見覚えがあることに気がついた。


「あれっ、先輩?おはようございます!」

「えっ…千景ちゃん⁈」


 何驚いているんですかーと笑う千景に小さく謝って、そっと全身を見つめる。

 より高い位置でひとつにまとめられた髪は一歩進む度にふわっと揺れ、被ったキャップの陰から覗く瞳はスッと細く真っ直ぐに朔馬を捉えていた。


「おはよう。奇遇だね。いつも走ってるの?」

「はい!いつもは違う道を走っているんですけど、今日はなんとなくこっちに行こうと思って。先輩は、いつもこの道を?」

「ううん。千景ちゃんと同じ。いつもは違う道走ってるけど、今日はこっちに行ってみたいなって」

「へー。じゃあ、凄い偶然ですね。…嬉しい…」


 最後ぽっと飛び出た自分の本音に、千景は思わず視線を前へ逸らす。

 キャップの影が落とされて横顔ははっきりと見れなかったが、ふっと僅かに口角が上がっているような気がした。


「少し休憩しないか?」


 一緒に走ること早十五分。丁度一息つけそうな公園の前まで来た。


「そうですね」


 軽く肩で息をしながら千景が頷く。

 そして、入ってすぐ側にあったブランコに腰掛けて小さく揺らし、朔馬が隣のブランコに座ると、キィと金属が擦れる音がした為か少し驚いた様子を見せた。

 朔馬は持参して来た水筒を開けて、中の水をグッと(あお)ると目の前の景色を眺めた。


「綺麗…」


 眼下に沢山の家々や町並みが広がり、それはそれは良い眺めだった。

 ふと、ワッと朝の涼しい風が二人の間を通り抜けたかと思うと、薄っすらとしていた朝日がゆっくりと姿を現している。


「先輩…?どうしたんですか?」

「えっ、どうしたって…?」

「さっきからずっとアタシの方見てます。何かありましたか?」


 朔馬は答えなかった。

 朝日に照らされる千景に見惚れていた、なんて言ったら千景は「何言ってるんですか!」と真っ赤になってしまうだろう。


「ううん…ただ、凄く綺麗だなって」

「そう、ですね…」

 

 千景が朔馬の言葉をそのまま受け取ったかは分からない。

 ただ、真意を尋ねるかのようにジッと朔馬を見つめる瞳は、やっぱりとても眩しかった。

 

「…そろそろ行きますか」


 パッと千景がブランコから降りて、昇ってきた太陽をそっと見つめる。

 陽光に照らされた千景の瞳がきゅっと細くなったのを見た朔馬は、ブランコを降りて千景の隣に立った。


「行きましょう、先輩」

「千景ちゃん」


 くるりと入り口の方を向いた千景を呼び止めその瞳を見つめる。


「出来たら俺のこと、名前で呼んでほしいな」


 千景が朔馬を慕ってくれていることはよく分かっている。故に気軽に名前を呼ばないことも。

 でも、朔馬としてはずっと「先輩」の文字だけで呼ばれることは少し寂しく思った。


「…って、ごめんね、変なこと言ったね。千景ちゃんが呼びやすいので全然良いから…」

「…朔馬さん」


 ぽそりと千景が朔馬の名を呟く。

 朔馬を見ないのは、多分まだ慣れていなくて緊張しているからだろう。

 それでも、ほんのり赤色に火照った耳を見ると喜びと愛おしさを感じた。


「千景ちゃん、ありがとう」

「別に…そんなお礼言うほどのことじゃありません。というよりも、その…アタシの勝手でずっと先輩の名前呼んでなくて、すみません…こ、これからは出来るだけ呼んでいきます!」


 両手を胸の前で握って、真っ直ぐに朔馬を見つめる。

 太陽が瞳に映り、より一層輝きが眩くなる。


「ありがとう。じゃあ帰ろっか…って、そういえば千景ちゃん、水分補給した?」

「いえ、してないですけど…」


 朔馬が次何を言うのか予想がついたのか、大きく被りを振って大丈夫ですよ、と言おうとする。


「水分補給を疎かにしちゃダメだよ。ほら、俺ので悪いけど、飲まないよりはマシだからさ」


 千景に自分の水筒を渡して、せめて一口飲むよう視線を送る。

 これでは千景も断れず、小さく息を吐いてからキュッと水筒の蓋を開けた。

 傾けられた水筒からちゃぷんという水の音が聞こえ、千景が口から水筒を離すとすぐに蓋を閉めて朔馬に手渡す。


「あ、ありがとうございました…!あと、その…アタシ、用事思い出したので先に行きます…!」


 えっ、と驚いている間に千景はタタッと公園の外に出て走り去ってしまった。

 一人取り残された朔馬が、何が起きたのかと考えているのとは対照に、千景の頭は動揺と困惑でいっぱいだった。


(何で?何で?どうして朔馬さんはアタシに…⁈)


 まだ少ししか走っていないのに、心臓はバクバクと激しく鳴っていて、体温も高くなっているのを感じる。


(気遣ってくれた…んだろうけど…!)


 脳内はずっとさっきの映像がリピートされている。その度に顔に熱を感じ、一度足を止めて両手を頬に当てる。


(あの朔馬さんが、アタシに…)


 入学当初から朔馬と同じ陸上部に所属している千景は、ストイックな朔馬に密かに憧れの感情を抱いていた。

 いや、入学前から朔馬に憧れていた。四年前、グラウンドを駆ける朔馬の姿を見てからずっと、千景はその背中だけを追っていた。


(でもあれって…あれって…!!)


 そんな先輩から渡された水筒を目の前で呷った時、千景の心の鼓動は全力で走った時よりも速くなっていた。

 その鼓動は、若干収まりつつあるもまだ高速で胸を打ち続けている。


(間接…キス……⁈)


 もう耳まで真っ赤になっていると思いながら千景はせめて人に見られないようキャップを深く被って、表情も顔色も出来るだけ悟られないようにした。

 そして、全身からぷしゅぅと湯気が出そうなくらい熱くなっているであろう顔を冷やそうと涼風の中をタッと駆け出した。

お読み頂きありがとうございます。

ゆっくり、じっくりと進んでいく距離感が堪りません。

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