#07:ゲームって、結構難しいかも
「ねえあのさ、折角だからみんなでゲームしない?」
千景達が落ち着いた頃、ふと千夜がテレビの近くにあるゲーム機を指さして言った。
「ゲーム…⁈良いじゃない面白そう!」
さっきまで赤くなっていたのは気のせいかと思ってしまう程切り替わった千景が興奮気味になって賛成する。
「でもウチのゲーム、二種類しかないぞ?」
西木野家でゲームをするのはほぼ千夜しかいないので、一人二人くらいでプレイするタイプのものしか無い。
故に、誰かがプレイしているのを見る時間の方が圧倒的に多くなる。それでもいいのか、と伊澄は尋ねる。
「やっているの見ているのも楽しそうじゃない」
そう怜世が言い、すぐに夏芽も頷く。
「それに私達ゲームやったことないから、きっとどんなのでも楽しめるよ!」
夏芽の発言に伊澄達は少し驚いた。
今の時代、姉妹のような年齢で一度もゲームに触れたことがないと言う人は、伊澄達にとって初耳だったのである。
「じゃ、どっち先にやりたい?」
片手に二つのソフトを持った千夜が、ワクワクした様子の姉妹にそれぞれのゲームを説明する。
姉妹は目を輝かせながら、どっちにしようかと話し合っていた。
伊澄はそんな姉妹をちらりと見ると、食器を棚に片付けていた朔馬の近くに行った。
「伊澄、そっち行かないのか?」
「あー、なんというか、近寄りがたいっていうか?入っちゃいけない雰囲気っていうか?そんな感じがしてさ…」
「まあ…なんとなく言いたいことは分かった」
目の前の高揚感に溢れている三姉妹は冗談抜きでキラキラとしており、あの中に入るのはおろか近づくことさえ憚られるのも無理はない。
「伊澄さーん!朔馬さーん!」
どうやら、最初にプレイするのは国民的な某カートレースになったそうだ。
それで、これから対戦相手を決めるらしく、夏芽が二人に声を掛けた。
「とりあえず、グッチョッパで良い?」
「オッケー。じゃあいくよ、グッチョッパーで…」
「わっかれっましょっ!!」
そして、何回目かの「わっかれっましょっ」で漸く対戦相手が決まった。
「やった…!朔馬さん、宜しくお願いします!」
「うん、宜しく。負けるつもりはないよ?」
「残念ですが…それは私も同じですよ?」
「千景は朔馬さんとか〜。良かったじゃん」
「あら、それどういう意味?」
「別に〜?ね、怜世?」
「えっと…夏芽はあんまり千景を揶揄わない」
「は〜い」
きゃっきゃっと盛り上がる中、伊澄は一人軽く絶望していた。
「何死んだ顔してんの」
「半分くらいお前のお陰だけどな」
伊澄の相手は千夜なのだが、これがかなり強いのである。
前に一度千夜がプレイしているのを見たことがあったが、CPU相手に圧倒的と言っていいくらいの勝利を収めていた。
「ま、とりあえず宜しく」
「はいはいお手柔らかにお願いします…」
ゲーム機とテレビを繋ぎ、画面がパッと眩しくなる。
カラフル、というより派手な色彩に一瞬目を瞑る伊澄とは反対に、姉妹はパッチリ目を開いていて、これから始まるという興奮が溢れているのがよく分かった。
ちなみに、最初は夏芽vs.怜世である。
「このコントローラーって、どんなふうに持てば良いんですか?」
「あ、ごめん!間違って戻っちゃった!」
シュッと画面が始めに切り替わりあたふたとする二人に、千夜が操作の仕方をひとつずつ教える。
末っ子の千夜が物事を教えている様子は、何か不思議な気持ちを湧き立たせた。
「ドキドキするー!」
3、2、1と画面に数字が切られていく様子は、見ているだけでも緊張感を走らせる。
ファーッとスタートが切られると慌ててコントローラーを動かす。しかし、不慣れ故か二人は次々とCPUに抜かされて行った。
「え、待って!みんな速くない⁈」
必死にコントローラーと体を傾けながら、懸命に操作する二人。
ちなみに、コントローラーを傾けても速くなることはないと知ったのは大分後になってからである。
FINISH!の文字が表れたのは、一位のキャラクターがゴールしてからかなり後であった。
「やっぱり上位に入るのは難しいねー」
ふぅーっと一息ついて夏芽がコントローラーを机に置く。
「でも夏芽、結構いいところまでいってたよ?」
「えー半分より下だよー?」
「それでも初めてで一桁台は十分じゃない?」
実際、夏芽は初心者が取るには十分と言える順位だった。
直感が優れているのか、加速アイテムを良いタイミングで使用していたからだろう。
「私はずっと最下位だったよー…」
怜世がしゅんと肩を落とす。
怜世の敗因はアイテムを使わなかったことにあるのだが、本人曰くアイテムは取っておこうとしたらしい。
その後アイテムは二つまでしか貯められないことを知ると、より落ち込んだ。
「じゃあ次アタシやる!お姉の無念晴らしたげる!!」
「千景、ファイトー!」
「おー!!」
ということで、次は千景vs.朔馬となった。
なお、朔馬はゲーム内容は知っているが実際にプレイしたのはほんの数回なので、実力の差は五分五分といったところだ。
数字が刻まれ、スタートの合図が映る。
「よっし、いい感じ!」
「ナイスー!」
色々と投げたアイテムのひとつが前を走っていたキャラクターに当たり、その隙に順位をひとつ上げた千景。
「千景ちゃんやるねー」
「だからっ…その呼び方は…!」
カッと千景が画面から目を外して朔馬を見た。
しかし朔馬は画面に目を向けたまま言葉を続ける。
「お先に失礼」
「え、えぇ⁈」
急いで画面に向き直った千景が目にしたのは、自分のキャラクターの横をスッと朔馬のキャラクターが抜かしたところであった。
「ちょっと先輩、ズルくないですか⁈」
「いや今のは千景の自爆でしょ」
そして不運にもコースを外してしまい、再び走り出した時には既に下位の順位になってしまっていた。
「ちょ、待…ってあああ!!」
他のキャラクターが投げたであろうアイテムに当たってしまい、もうひとつ順位を下げる。
その間朔馬は順位を上げることはなかったものの、キープすることには成功していた。
「あー最後惜しかったのにー!」
千景はなんとか追い上げていったが、ゴール手前で抜かされて順位はひとつ下になってしまった。クゥーッと悔しそうな声を出す。
「でも、いい勝負だった。ありがとう、千景ちゃん」
「…こちらこそ、ありがとうございました。朔馬さん…」
頬をほんのり淡い紅色に染まらせて、千景は感謝を伝えると小さく一礼した。
「最後は伊澄くんと千夜くんだね」
「そういえば千夜さん、ゲームが趣味って言っていましたが、こういうのも得意なんですか?」
「うん、まあ一応出来るって感じ」
「嘘つけ。お前一人でやってた時ブッ千切ってただろ!」
千夜はバレた?とでも言うような顔をして突っ込んだ伊澄を見た。
「ちなみに伊澄はどうなの?」
「全ッ然期待しないで下さい、激弱です」
千景からコントローラーを受け取り、伊澄は大袈裟に肩を落とす。
「じゃ伊澄がボロボロになっても目立たないように俺が一位取ってくるね」
「煽ってんのか?俺も勝つ気でいるっつーの」
「良いじゃん、熱い!」
千夜に煽られて「なんかムカつく」と火がつく伊澄を見て、千景はバンっと背中を叩いた。
カウントダウンが始まり、スタートが切られると千夜は猛スピードで飛ばしていった。
目の色を変えてコントローラーを操る姿は、最早達人の域と言っても過言ではなかった。
「はっっや!てかもう一位⁈」
今まで誰も取れなかった一位に早速ついた時には、千夜はもう涼しい顔をして普段の調子に戻っていた。
「うわぁ、全然レベルが違うって感じー。プロじゃん。で、伊澄は…」
観戦者の四人が伊澄のキャラクターに目を移し、視線を感じた伊澄は、何も言わないと心に決めた。
だって、こんな姿を見られるのは羞恥を通り越して情けなさが込み上げてくるから。
「…えっと……頑張れ…?」
伊澄のキャラクターはふらつきながらコースを走っており、アイテムを獲得するタイミングも殆ど逃し、おまけに何度もコースから落ちていた。
激弱とは言っていたが、謙遜ではなくまさか本当のことだったと知った一同が掛ける言葉を探す。
そんな気まずさが、伊澄の落ち込みを加速させた。
(あーみんな何て言えば良いのか分かんないって言ってる!視線がそう言ってる!!)
懸命に手元を動かすも虚しく、伊澄は大きくコースを外れ再び下に落ちていった。
ちなみにこれで五回目である。伊澄はもう泣きたくなった。とっとと終わらせたいとも思った。
「…伊澄さん少し貸して下さい!」
「⁈」
突然夏芽が伊澄の隣に座り、驚いている伊澄の手からコントローラーを取った。
「ちょっと、夏芽さん⁈」
「夏芽、何してるの⁈」
しかし夏芽は既に画面を捉えていて、再びコースを乗った伊澄のキャラクターを動かしていき…
「え、嘘…⁈」
みるみる順位を上げていったのだ。
よく見ると、ただ適当に走っているのではなく加速するレールに乗ったり、カーブを曲がる時出来るだけ内側を通っていたりしているのが分かる。
「へー、夏芽上手いね」
「そうですか?ありがとうございます!!」
ちらりと見た千夜が夏芽のセンスを褒めると夏芽はよりやる気が上がったのか、加速してもうひとつ順位を上げた。
FINISH!の文字が表れた時には、一同の興奮は最高潮に達していた。
「いやー負けちゃいましたー」
「でも凄いよ。最下位から五位まで来たしさ」
夏芽が悔しそうにコントローラーを置くと、千夜が大健闘を讃えた。
それでも悔しさは晴れなかったのか、夏芽は「いつか必ず勝ちます!」と宣言した。
「にしても千夜、強過ぎない⁈」
千夜は最初から最後までずっと一位を独走していた。
特に喜ぶ様子を見せず千夜は一言「どうも」とだけ言った。
「もう『勝って当然』ってことね」
「まあね。このコースなら何回かやったことあるし、正直伊澄に負けるのは悔しいから。まあ、その伊澄があんなだって分かったら…」
「頼むからそれ以上言わないでくれ」
みんなの目の前で醜態を晒した挙句、初プレイの夏芽に手助けして貰い、今や伊澄のプライドはゴリッゴリに削られていた。
「なんか私コツ分かったかもしれません!」
「良かったじゃん。伊澄にでも教えてあげなよ」
「千夜お前…!」
瞳をキラリとさせる夏芽とジーッと伊澄を見つめる千夜を交互に見る。
「でも、どうして急に俺のやろうと思ったの?」
「うーん…上手く説明出来ないんですけど、なんというか、伊澄さん少し寂しそうに見えて、それで…」
「おう…?でもありがとう、気遣ってくれて」
寂しそうに見えた、というのは伊澄にはよく分からなかったが、きっと励まそうとしてくれたのだろう。
「はいはーい、盛り上がってるとこ悪いんだけど…」
パンパンと手を叩いて千景が声を掛ける。
「もう夜の時間だから、そろそろお暇するよ〜」
穏やかな表情に対して少し寂しさが滲み出たような声で怜世が言った。
「えー、もう?」
「もう。明日も学校あるでしょ?」
「はぁー…では続きはまた明日ですね」
「そうだね。でもありがとう、今日は色々楽しかったよ」
もう帰る時間であることを残念がる姉妹を玄関まで見送り、一日の終わりの挨拶を告げる。
「さようなら!」
「うん、また明日」
「今日は本当にありがとうございました。今度は是非古閑宅に来てください。それでは、おやすみなさい」
怜世が小さく会釈をし、扉を開ける。
「おやすみなさい!また明日です!」
最後にニッと夏芽が笑って扉は閉められた。
「…偶には良いな、こういうのも」
ぽつりと溢れた本音は、思った以上に大きな音が出た。
「うん。結構楽しかった」
今まで男三人で、しかも揃って何かする機会がなかったため、大人数で遊ぶことは珍しく、とても新鮮だった。
「じゃ、その為にも部屋の掃除はしっかりしておくんだぞ」
「「はーい」」
西木野家では、基本的に掃除と洗濯を伊澄と千夜が交代で担っている。
料理は朔馬に任せているが、これは昔二人がキッチンを信じられないくらい荒らして出禁になったからである。
「って、もうこんな時間だったのか…ほら、もう寝るぞ」
時計の針は十一時を示そうとしている。
夕飯前に風呂に入っていて良かったと、この時心から思った。
だって、この充実感を抱えたまま眠りに入れるから。
「おやすみ〜」
「ん、おやすみ。寝たふりしてゲームすんなよ?」
「しないよ」
「それはどーだか」
否定したが、実際千夜は過去に夜こっそり部屋でゲームをしていたことがあり、その名残か今でも朝に弱く、いつも遅刻ギリギリに起きている。
「……」
布団に入った伊澄の心はまだ少し興奮が残っていた。
ゆっくりと今日の出来事を思い出していくと、一日が長かったようで短かったような感じがし、思わずフッと笑う。
そして、かつてないほど満たされた気持ちに包まれて眠りに落ちていった。
お読み頂きありがとうございます。
思った以上に量が多くなってしまったことに自分でも驚いています。
次回はまた時間開くと思います。