#06:名前呼びは照れる?
「という訳で、先輩や西木野は何か好みとかある?」
唐突に千景から視線を送られ、伊澄はえ?と力なく返した。
一方、あまり甘味を好まないと言う朔馬に、千景は少し驚いたような反応をする。
「…さっきから思ってたんだけどさ」
ほぼ無表情に近い顔をして千夜が話に入ってきた。何を言おうとしているのか、その表情からは読み取れず、次の言葉をジッと待つ。
「苗字だと誰指してるのか分かんないから、下の名前で呼ばない?」
発言前の雰囲気と内容の差に、全体に薄っすら流れていた空気が急に解ける。
確かにその通りではある。しかし、ここにいる六人は学年も性別もバラバラである為、そう簡単に受け入れられることはない…
「そうね。じゃ、伊澄で良い?」
「あ、はいどうぞ…千景、さん」
予想に反して、千景にサラッと名前を呼ばれたことに伊澄は一瞬理解が追いつかなかった。
一方、女子の名前を呼ぶ経験がほぼ無いに等しい伊澄は、クラスメイトの女子一人呼ぶだけに相当な気力を使った。暫くは慣れないだろう。
「伊澄さん伊澄さん。私もお願いします♪」
「⁈」
夏芽が何か試すような上目遣いで伊澄を見つめる。ニヒッという音が今にも聞こえそうなくらい上がった口角に一瞬ウッとなるも、幸い脳の切り替えは速かった為、細く息を吐くだけで済んだ。
そして、期待の気持ちが表れる黄金色の瞳に向き合う。
「な……夏芽…さん…」
最後の方は殆ど音に出なかった。しかし、夏芽はよく出来ました、と言わんばかりの眼差しを送る。
年下相手に若干遊ばれているような気がし、伊澄はそっとそっぽを向いた。
「伊澄初心過ぎない?」
「うっせ…」
実際、この中で緊張しているのは伊澄だけであることは自覚している。
それに、千景も夏芽も気軽に下の名前で呼べているし、発案者の千夜に至っては年上だろうと年下だろうとタメである。故に反論出来ない。
要は、過剰に気にしている伊澄だけが少し浮いている(と思っている)のである。
「でも…なんかこう、ちょっと不思議というか、変な感じがするな…」
「そうですか?先ぱ…朔馬さん」
どうやら、気になっていたのは朔馬も同じなようだった。
「あんま女の子と関わる機会無かったし…そう言う千景さんは随分慣れた様子だね」
「そんなことないですよ。それより、朔馬さんがアタシをさん付けする方がなんか変な感じがします。後輩として」
それでも、タメで呼ぶのは躊躇いが生じるのか、じゃあ…と千景を見る。
「千景ちゃん…でどうかな?」
意外だったのか、千景がピシッと固まる。
何かいけないことを言ったのかと思った朔馬は慌てて千景を見た。
「千景ちゃん…?」
「っ…」
バッと逸らした顔を、ほんのり紅色に染まらせながら千景は口を開く。
「先輩。…その、あまりそう簡単に女子をちゃん付けするのはどうかと思います」
「ごめんね、嫌だった…」
「!そんなことありません!」
高く響いた否定の声に、朔馬はおぅ…と一歩引いた。
ハッとした千景が即座に、嬉しいですし…と小さく言った。
「照れてる」
「ち、違う!照れてなんかない!これは…!」
「照れてる〜」
「違うって!!」
どうかな〜と悪戯っぽく笑う夏芽の頬をツンツンとつつく千景。
わちゃわちゃとする様子を、他の4人は静かに見守っていた。
お読み頂きありがとうございます。
ここまでは以前に書いていたものなのでバンバン投稿していましたが、これからは少しずつ書いて行くので更新のタイミングが遅くなって行くと思います。