#03:先輩と後輩
「…で、話をまとめると鍵を忘れた先輩の弟二人をお姉と夏芽が家に上げて、そこにアタシと先輩が来た。これで合ってる?」
「はい…その通りでございます」
救急箱を片付けながら尋ねた千景に、伊澄は弱々しく答える。
「ていうか揃って鍵忘れるってどういうこと?不注意すぎない?」
「返す言葉もない…」
勿論反省しているのだが、こう真正面から指摘されると改めてヘコむ。
「それより、おねーさんと朔馬はどういう関係なの?」
「おまっ…」
コイツ一度叱った方が良くね?、と思うほどマイペースな千夜に伊澄は絶句する。
そして、ちらりと千景の方を見ると、特に気にした様子もなく淡々としていた。
「どういうも何も、ただ部活の先輩と後輩なだけよ」
「あ、そうなんだ」
伊澄達の兄・朔馬と千景は、同じ陸上部に所属しているらしい。
意外と世間が狭いことに伊澄は感心した。
「じゃあその怪我はどうしたんだ?」
「ああこれは…」
朔馬の話によると、帰り道の途中で飛ばされた小さな瓦礫が千景に当たりそうになったのを庇った結果、少し腕を擦りむいたらしい。
怪我を心配し手当てをすると言う千景を、最初は断ったが頑なに譲らなかったらしく、こうして家に上がらせて貰ったとのことだ。
「だって、そのせいで部活だけじゃなくて日常生活とかにも支障が出たら思うと…」
「それは考え過ぎじゃないか?」
「でも、もしそうなったらアタシのせいで…!」
「はいはいそこまで」
震えながら言う千景の肩に、怜世が優しく手を置く。
「千景は悪いことばかり考え過ぎない。ちゃんと応急処置したから大丈夫よ」
えらいえらい、と肩をトントン叩かれ安心したのか、千景はホッと息を吐く。
「古閑さん」
朔馬が千景に向き合う。
「ありがとう。助かった」
そう感謝し、もう腕の痛みはないことを伝える。
途端に千景の顔がパッと明るくなり、あまり動かさないように、と軽く注意する。
「とにかく、何か少しでも違和感があったらすぐ言って下さいね!」
「うん、分かった。お気遣い感謝する」
こうして無事に朔馬の手当ても終わり、伊澄達は古閑宅を後にすることになった。
玄関で靴を履く三兄弟を三姉妹が見送る。
「今日は本当にありがとうございました」
「いえいえ。こちらこそ、楽しい時間をありがとう」
ガチャリと扉が開くと、鮮やかなオレンジ色が目に飛び込み、夕方らしく少しひんやりとした風が吹き抜ける。
ちらりと姉妹を見ると、笑顔で手を振っていた。その様子は、まるで子供が「また明日」と言う仕草そのものだった。
「それでは、またいつか会えたら」
「そうですね。今度は私達が揃って鍵忘れちゃったりして!」
夏芽が無邪気に笑い、流石にそんなことは…と言う千景を怜世がまあまあと宥める。
「じゃあもしそうなったら、西木野さんのお家にお邪魔しちゃおうかな」
「あははっ。いつでもどうぞ」
そんなやり取りをした後、伊澄達は扉を出る。
姉妹は扉が閉まるまで、ずっと手を振ってくれた。
「はー今日は疲れたー」
「お前が鍵を忘れたからだろ…俺が言える立場じゃないけど」
日はすっかり傾き、廊下にパッと灯りがつく。
伊澄は灯りに照らされた「古閑」の表札をジッと見た。
そのことに気付いた朔馬がどうしたのかと尋ねる。
「あ、いや…いつかちゃんとお礼をしないとなって」
「そうだな」
「伊澄ー朔馬ー。早く家入ろー」
見ると、千夜が扉の前に立って兄二人を見ている。
まったくどこまでマイペースなんだか、と伊澄は足を進めた。
「…」
家に入ると、突然なんだか寂しい気持ちに襲われ、そこで自分がかなり楽しい時間を過ごしていたことに気が付いた。
しかし、今後何か特別なことが起こらない限り、あの姉妹と関わる機会はないだろう。
「伊澄ー千夜ー、ちょっと来ーい」
朔馬が自分達を呼ぶ声が聞こえる。伊澄は「今行くー」と言いながら、心はどこか寂しかった。
「今冷蔵庫には殆ど何もない。つまり…買い出しじゃんけんだ」
「おーう」
じゃんけんをしながら、伊澄は段々とこれが日常なのだ、と目が覚めるような感じがした。
負けた朔馬がやれやれと用意をするのを見て、再び姉妹達と関われる機会を考えるのは止めた。
(きっともう、そんな機会は訪れない…)
遠くなっていく足音と扉が静かに閉まる音を聞き、伊澄は自分の部屋に戻っていった。
数十分後、ちょっとした偶然が起きるとは知らず…
今回は少なめですが、お読み頂きありがとうございます。
これから楽しくなっていく予定ですので、次回も見て頂けると幸いです。