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#25:ほんのひと時の、直勘

「あ、いたいた!怜世ー、千夜さーん!」


 校舎の二階の隅に二人がいることを見つけた夏芽は、手を振って歩いていたスピードを上げる。すると向こうも気付いたようで、そっと手を振り返した。


「みんなお疲れ様」

「まだ午後残ってるけどね」


 元から体育祭にあまり本気ではない千夜は疲れた〜と言いながら深い溜め息を吐いて、ポケットからスマホを取り出しゲーム画面を開いた。どうやら期間限定のイベントをやっているらしく、ログインボーナスも普段より豪華なこと。怜世がちらっと覗き込むと、パッと顔が明るくなり少しだけ言葉が交わされる。


「さあ、お昼にしましょう!」

「あ、怜世ちゃん。これ」

「ありがとう、朔馬くん!」


 長子二人の会話は、下の四人から見るとよく分からない不思議なものであった。なぜなら、二人が手にしていたのは重箱であったのだ。それも三段はあるものを。箱の中身と二人の意味有り気な表情とゆっくりと箱に触れる手の仕草は、いつもとは違う特別なワクワク感を生み出し視線を誘導させる。


「わあぁ…!」

「これどうしたの⁈」


 パカリと広げられた六つの重箱から姿を覗かせたのは、隙間なく詰められた艶やかな稲荷寿司や様々な種類の揚げ物に、新鮮な野菜サラダとフルーツ等、彩りも栄養バランスも整ったものであった。鮮やかなご馳走に全員の目がキラキラと光帯びる。


「怜世ちゃんと昼のお弁当一緒に作らないかって相談してね」

「ええ。折角なら、みんなで同じもの食べられたら良いなって。私と朔馬くんで分担したの。お稲荷さんと野菜類は私、揚げ物とかのおかずは朔馬くんが作ったんだよ」


 どうやら年下達を驚かせたかったらしく、秘密に計画していたらしい。そのことを聞いた千景と夏芽は手伝いたかったとほんの少し拗ねたような顔をするも、すぐに満更でもなさそうな表情になった。

 一方、伊澄と千夜に関しては朔馬がやけに早く起きていたことは知っていたが、まさか弁当を作っていたとは知らなかったようで、かなり驚いた様子を見せた。その姿を、千景が若干怪訝そうな目をして二人を見つめる。


「アンタ達、もしかして日頃から朔馬さん任せなの?」


 古閑家では料理・掃除・洗濯は当番制で、かと言って当番の一人が抱え込まずあくまで主導として三人で協力して家事を行う方針らしい。仲睦まじそうな姉妹らしい、と兄弟は思った。


「それがさ、コイツら昔やらかしたせいでキッチン出禁なんだよな」

「やらかした、って何をですか?」


 一番幼い夏芽の純粋な質問が、伊澄と千夜の脳内に朔馬の怒号を蘇らせ身体を震わせる。


「電子レンジに生卵とかアルミホイルかけた皿入れたり、コンロの近くに布巾とか紙とか置いたままにしたり…」


 朔馬が二人の所業を話していく度姉妹の顔が徐々に引きつっていき、心なしか少し青くなっているような気もする。全てを語り終えた後、姉妹(特に千景)から必死で諭されたことにより、弟二人は数年越しに自分達がしてしまったことの大きさを知ることとなったのだ。


「あーぁ、前半は赤がリードか。なんかムカつく」

「さりげなく俺の取ろうとしたやつ取るなよ」


 行事にはあまり乗り気ではないくせに勝負事となると途端に普段と態度を変える弟に、伊澄は毎度振り回されていた。今も、取ろうとした稲荷寿司を、箸があと数センチでつくという距離のところで横から取られてしまった。


「こういうのって早い者勝ちでしょ?」


 全く悪びれるような姿勢を見せず口をリスのように膨らませる千夜に伊澄は少しムッとするも、千夜の発言を全否定することは出来ないので握られた箸にグッと力が入る。こんなことでいちいち突っかかっていたら後半を迎える前に体力が消費されてしまうからだ。


「千夜くん、余程悔しかったのね」


 そっとフォローを入れながら、怜世が稲荷寿司を伊澄の皿に乗せた。三姉妹の長女なだけあり、その自然な気遣いは場の空気を上手く保たせてくれる。


「伊澄に負けるのは嫌だから。朔馬だったら身体能力の差がありすぎて、負けても仕方ないって思えるんだけど」


 千夜と伊澄は年子であり、何か運動をしている訳でもない為身体能力はほぼ同じである。対して四つも年齢差がある上、運動部内でもかなりの実力者である朔馬とは簡単に比べるものではないのだ。そのことは千夜や伊澄だけではなく、学校の男子生徒も感じていることである。


「俺がどうかしたか?」


 少しして、千夜と対角線に座っていた朔馬がピクリと反応する。


「ううん、なんにも。朔馬は凄いなーって。でもこのまま勝ち逃げされるのも嫌だから、後半は巻き返したいって話」


「ならこっちは巻き返せないくらい点差を広げてやるから。アタシ達のリレーがあること、忘れてないよね?」


 やる気があるのか無いのか分からない表情をした千夜に、いかにも闘志が溢れているといった瞳をした千景が自信満々そうに目を細める。


「それが悩みどころなんだよねー」


 陸上部の男女トップが同じ色でリレーだなんて、最早勝ちも同然である。白組から訴えられてもおかしくない。今日最大の溜め息を吐いた千夜に、赤組の四人は少し同情の念を抱きながらも心は余裕があった。

 ふとその時、千景の側に置いてあった携帯がヴーと振動した。


「どうしたの、千景さん」

「実行委員の友達からメール。昼休み会えないかって来てて、今アタシを探してるみたい」


 聞けば今校内の見回りを行っているらしく、ついでに会えないかとのこと。因みに借り物競走の担当、つまりお題を考えていた人らしい。


「行ってくれば?あ、千景の分はちゃんと取っとくから安心して!」

「そこは心配してないってー。あ、でももし取ったら怒るよ?割とガチで」


 無邪気そうにも少し悪戯っぽそうにも見える顔をした夏芽に、冗談を言うように笑う千景。微笑ましそうに他の四人が眺めていると、ふと校内を巡回していたであろう生徒が千景の前で立ち止まった。


「あ、古閑さん。さっき古閑さんを探してるって言う人が中庭で…」

「分かった、ありがと。じゃあ、ちょっと行ってくるね!」


 声を掛けた生徒の言葉を最後まで聞かずに、千景は一直線に駆け出して行った。夏芽が行ってらっしゃいと言っていたが果たして千景の耳には届いていただろうか、と思ってしまう程女子陸上部の最速記録持ちの脚は流石速かった。

 間近で見るその速さに圧倒されていると、キョロキョロと何かを探しているかのように辺りを見回している女子生徒二人が目に留まった。


「あのー、千景って今どこに居るか分かりますか?」

「連絡入れたんですけど、反応無くって。いつもならこの時間帯は秒で気付くのに」


 うん、と頷き合う二人。きっと怜世や夏芽の姿を見つけ、お馴染みのワインレッドが居ないことに気付いたのだ。


「千景ならさっき…」

「あー!千景、スマホ置いてってる!」


 怜世が声を発したのと夏芽が叫んだのはほぼ同じ時であった。多分、ポケットに入れていたのが落ちたとかそれだろう。ロック画面の下に表示された新着メッセージに気付かないで。

 夏芽が全員の前で見せたそのメールには、『今どこ?』とだけ書いてあった。


「…ねえ、二人はさっきまでどこに居たの?」


 そっと探るように、しかし冷静に且ついつもの穏やかな調子で怜世が尋ねる。どこか不安気で少し血の気が引いていることは、長年共に過ごしてきた夏芽が若干の違和感を感じるといったところであった。


「えっと…グラウンドの落とし物確認をして、その後は先生と話して、二階の見回りしながら千景を探していました」

「途中で中庭に寄ったりは…」

「してないです。そっちは別の子の担当なので」


 迷いなく言っていることから恐らく嘘ではないことを理解した怜世の瞳が一瞬揺れ、スッと光が細くなる。


「あの、千景に何かあったりした…」

「体育祭実行委員の生徒の皆さんは、至急本部まで集合して下さい。繰り返します…」


 二人のやり取りから千景のことを心配する声は、不幸にも冷たい放送の音に掻き消されてしまった。申し訳なさそうにくるりと踵を返す。


「すみません、少し離れます…!」


 タタタッと二人が去って行った後、五人の間には不思議と言うよりおかしな空気が流れていた。まるで淡い霞に巻かれたよう、いや、煙の中に居たような気分であった。


「あの子達の言っていることが本当なら、誰が千景ちゃんを探してたんだろう…」


 それは、この場にいる五人全員が思っていることである。朔馬の脳内には一瞬満達の顔がよぎったが、悪いことばかり考えてはいけない、と無理矢理追い払った。しかし雰囲気は明るくなるどころか、考えれば考える程一同の間に漂う空気は重く、ピリッとしたものになっていく。


「それに、中庭ってのもちょっと変。ウチの中庭木しかないし。人が居る方が珍しいところだよ」


 口調は軽くとも内容と声はハッキリとさせた千夜が言う。曰く、以前に人が居ない場所を探して学園中を動き回っていた時期があったらしい。(ちなみに居心地自体は悪くはないとか。)しかし、ゲーム画面から顔を離さないのはわざとなのか、それとも何かに触れさせないようにする為か。どちらにせよこの場の空気は変わらないが、煙掛かっていたものがぼんやりではあるが薄日が差したような感じに変わった。とは言えど、真相を掴めるものはないのだが。

 一同が頭に手を当てている時、夏芽は一人別のことを考えていた。いや、思い出していたが正しいだろう。


『行ってくるね!』


 嫌な予感、なんて言葉さえ溶けてしまうようなくらい澄み切った青空。何かを隠しているようには到底思えなかった笑顔。楽しそうな足取り。段々と遠くなる赤色。これは偶然なのか、あの日と全く同じであった。数年間ひた隠していた、大好きな姉につけられた傷を知ったあの日と、同じであったのだ。


「あの時と、一緒だ…」

「夏芽⁈」


 幸か不幸か、その声は誰にも聞かれていなかった。なので残された四人は、夏芽が駆け出して行ったことに驚いた筈だ。しかし夏芽はそのことを、たとえ怜世であっても打ち明けることはしなかった。だって夏芽の本能がそうさせているから。頭の中には、「今」という文字があったから。

 と言っても所詮は勘である。確証は無い。しかし「今」、それだけはなぜか確信があった。

お読み頂きありがとうございます。

夏になっても忙しい…!でも話は書きたい!!因みに台所出禁の話に出てくるやつはマジでNGです。(byやらかした人より)

多分ここの話は物語の一番最初の山になると思っていますので、お待ち頂けたら幸いです。

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