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#24:体育祭、開催!

 これ以上ない程澄み切った青空に、グラウンド上に響き渡る声援。正に文字通り五月晴れの今日の日は体育祭にもってこいの天気だろう。そんな時間もあっという間、気付けば午前の競技はあと片手で数えられるまでになっていた。


「続いての種目は借り物競争です」


 ツンとしたマイクの音が届くと同時に、テントから多くの生徒がグラウンドへ足を踏み入れる。そわそわとする人、やる気に満ち溢れた人、どこか面倒臭そうに肩を落とす人など体育祭に臨む人々の様子は実に多種多様であった。


「じゃ、行ってくるね!」


 陽光を反射し最早眩いまでの真っ白な体育着をなびかせて夏芽が手を振る。視線の先には、どこか意味有りげな目をする千景と微笑ましそうにゆっくり手を振る伊澄がいた。


「行ってらっしゃい」

「一着とってこーい!」

「勿論!そっちこそ、見逃し厳禁だからね?」


 前髪の横に編まれた三つ編みがキラリと光る。今日は姉妹で同じワンポイントを入れているそうで、千景もサイドの髪を三つ編みに編み込んでから後ろで束ねている。

 若干温度差を感じる二人の反応は気にせず、ピンと人差し指を立ててイヒッと口の端を上げる様子は、やる気に溢れていると言っていいだろう。張り切っている、というよりも純粋に体育祭を楽しんでいるようだ。


「はいはい分かってますよー。…ハァー」

「なぜ溜め息を」


 夏芽の姿がグラウンドの中央に見えなくなったと同時に、千景は何やら重い溜め息を吐いてついさっきまでとは真逆のテンションになる。あまりに急変した態度に思わずその理由を伊澄が尋ねると、獣の呻き声かの如く一息吐いて重苦しそうに沈めていた顔を上げた。


「夏芽とお姉が紅白分かれてるから複雑な気分」

「ああー…」


 そういえば怜世も借り物競争を選択していたことを思い出し、伊澄は姉妹想いの千景に少しばかり同情の念を抱く。何と声を掛けるべきか迷っていると、千景は葛藤しているかのように慎重な声でゆっくりと口を開いた。


「そりゃ同じ色だから夏芽を応援したいけど、お姉を応援しない訳にもいかないし…」


 余程悩んでいるのか、結い上げられた髪の先を弄ってはグラウンドを睨みつけている。はぁー、と何度目かの溜め息を吐く姿は家族間の絆のようなものを感じ、不思議とどこか温かい気持ちになってくる。


「千景さんは結構そういうとこ気にするんだな」

「伊澄は…なさそうね」

「まあ、男兄弟だし…それに、ウチは昔から勝負は勝負っつーか恨みっこなしというか、そんな感じだったから。でも、千景さんの気持ちも大事だと俺は思う。だって、それくらい相手を想ってるってことだろ?」


 伊澄の言葉にハッとしたのか、千景の瞳は光の下に現されたばかりの宝石のように赤く煌めいた。そっと髪を手から話して、丸まっていた背中をすくっと伸ばす。


「そうかもね。…よし、決めた。アタシは全力で二人を応援する!」


 決断してしまえば、さっきまで悩んでいたことが馬鹿馬鹿しいような、嘘みたいな感覚が身体中に巡り渡る。

 吹っ切れたようにバッと顔を上げてグラウンドを捉えると、見慣れた淡いブロンドが真っ直ぐに駆けてくるのを見つけた。向こうも千景がこちらを認識したと分かったのか、折り畳まれた紙を手にスピードアップした。


「千景ー!」

「夏芽!」


 ふと目をやると、周りには同じように紙を持った人達がテントの方へ走る姿が見える。ということは、借り物を探しにきたところだろう。しかし、どこか余裕があるように思えるのは姉への信頼の厚さか、それとも…


「借り物ね!何が必要なの?」


 この時を待っていたと言わんばかりに、千景は張り切って何やら大きなバッグを取り出したかと思うと、勢い良くチャックをジーッと開いた。その余りに速い手際と得意気な千景の視線には誰も思考も一度停止せざるを得なかった。


「何が入っているのかとは思ってたけど、何それ…」


 バッグの中には色違いのタオルや様々なメーカーの飲み物に個包装のお菓子からサングラスまで、実に多様なものが入ってあった。一見すると超心配性な人が用意した体育祭の持ち物のように思えるが、千景の表情からは何か別の意図があるように感じた。

 伊澄が不思議さと若干の怪訝さが混じった視線を送ると、千景はニッと目を三日月のように細めてゆっくりと口角を上げる。


「この日の為に、借り物競争で人気そうなお題をリサーチしておいたの。仮にお題になくても今日使えるものだし、無駄な荷物にはならないでしょう?それで、お題は何?」


 用意周到すぎる様子に感心する伊澄のことは視界に入っていないようで、千景は夏芽の口が開かれるのを目に光を含ませながら今か今かと待っていた。


「それは後でのお楽しみー!じゃなくって!」


 夏芽は楽しそうに紙をそっと後ろに隠すと、突然千景の手を引いてテントの外に出た。持参してきた大量の物を渡す気満々でいた千景は、妹の予想外の行動に目をぱちくりとさせる。


「夏芽⁈一体どういう…」

「借り物が千景なの!」


 青空をバックに無邪気な声でそう言われてしまったら言い返すことなど誰も出来る筈もなく、丸くなっていた千景の瞳も微笑ましそうにシュッと細められた。テントにいる伊澄も、暖かなやり取りにほわりとしたシャボン玉のような気持ちが浮上してくる。


「まったく、それなら最初から…」


 そう言えばいいのに、と続く予定だった千景の言葉は思わぬ人物の登場で遮られた。


「千景、ちょっといい?」

「お姉⁈どうした…って、まさか」


 妹二人と同じ三つ編みを頭部に沿ってアーチ状にした怜世が千景を引き止める。手に持っている小さな紙と真剣そうな表情から、次に出てくる言葉を考えることは特に難しいことでもなかった。


「私の借り物も千景なの」


 借り物競争で出されるお題は、別に物だけに限らない。〇〇を持っている人、など時に人を借りることもある。しかし二人揃って千景が借り物ということは、それ程特殊な内容のお題なのか。


「わぁすっごい偶然!じゃあもう三人で一緒にゴールしちゃお!」


 末っ子の夏芽が天真爛漫にそう言えば姉二人はやれやれと目を合わせながらもどこか楽しそうに笑い、千景を真ん中に挟んでグラウンドへ駆けて行った。


「いやー、今年も古閑姉妹の借り物が見られるとはねー」

「本当。去年は確か古閑さんがお姉さん連れてったんだっけ?」


 姉妹の姿が遠くなっていくと同時に、テントからしみじみとした声が聞こえた。古閑さん、と言っているのは伊澄や千景のクラスメイトの一人だ。

 一人が感嘆の声を漏らすと、途端に周囲から同じように賛同する声が広がる。


「そうそう、お題が『一番大切な人』ってやつでさ。ゴールした時の歓声が凄かったというか、バチバチの空間に癒しが来たというか。とにかく、めっちゃ優しい空間があったんだよな」


 そう教えてくれたクラスメイトが言うには、その頃から姉妹の存在を気にし始めた人もいるとかいないとか。何にせよ、姉妹は多くの人の心を掴んだということだ。

 気が付けば、姉妹は一番でゴールテープを切っていた。学園中の注目の的である姉妹のゴールに、テントにいる生徒達の間にはお題が読み上げられることへのワクワクとした、そわそわとした雰囲気が漂う。

 キンとマイクの音が聞こえると、辺りの空気は一気に静かになった。


「それではお題を読み上げます。まず、赤組のお題は『姉がいる人』でした。続いて、白組のお題は『妹がいる人』でした」


 反応する隙も与えられずお題の確認が淡々と読み上げられるも、一着の旗を持った夏芽は今日の青い空よりも眩しい笑顔であったので、伊澄含むテントにいる生徒達は微笑ましそうに姉妹を見つめていた。


「確かに、間違ってはいないな…」


 伊澄がそう小さく呟いた時、夏芽と千景は怜世に手を振ってそれぞれのテントへ戻っていった。

 満足そうに弾んだ足取りで駆けてくる夏芽と照れ隠しのように腕を組んでどこかツンとした様子の千景の、正反対の態度は二人の性格がよく表れていた。


「ただいま戻りました!」

「ん、おかえり。一着おめでとう」

「ありがとうございます!」


 宣言通り一着を取ってきた夏芽に伊澄が声を掛けると、今日一番であろう笑み向けて喜びを全身に表す。はしゃぐ夏芽に、千景はぴとりと飲み物を頬に当てた後タオルを渡し、ふと口を開く。


「ところで、どうしてアタシを借りたの?姉がいる人なんて、クラスに一人や二人いるでしょうに」


 千景の疑問はもっともであろう。勿論、自分を借りてくれたことに対しては満更でもなさそうだが、それでもなぜ敢えて選んだのか気になっていると言ったところだ。

 不思議そうにする千景に、夏芽は自然と口を細め小さな笑みをつくる。


「だって千景、前に借り物競争出たかったって言ってたでしょ?今日も応援してくれてるし、借りられる側にはなっちゃうけど、折角なら叶えてあげたいなって。あと、これは私の我儘だけど本当は一緒に競争出たかったし」


 妹の優しさと可愛らしい本音に千景は瞳をキラキラと潤ませて、そのまま夏芽に抱きつきありがとう!と髪をくしゃりと掻いた。


「後でお姉にも言わないと」


 曰く、怜世もきっと夏芽と同じことを考えているとのこと。

 姉妹の間にある深い愛情と、それに関連するようなお題を引いた強運に伊澄は感心した。


「なんと言うか、千景さん達って運勢凄いよな」


 少し分けて欲しいくらい、と言うと夏芽は悪戯っぽく笑いながらダメです、と言った。


「まあ、運が良いことは多少自覚してるけど」

「マジか」


 とは言ったものの、怜世と千景が一度も同じ色になれていないという事実がある以上、伊澄のような当事者ではなくともこの姉妹には何かしらの運が働いていると考えるのは別に不自然なことではないだろう。


「もしかしたら、また何かが起きたりしてね!」


 曇り一つない瞳をして楽しそうに告げる夏芽を見れば、どんな奇跡が起きるだろうかと胸が踊る。前半の競技はあと少しとなっていたが、グラウンド上はまだ体育祭が始まったばかりのような興奮と期待で渦巻いていた。


「続いての種目は、障害物競争です」

「だってさ伊澄、行くよ」

「お、おう…」

「二人共頑張れー!」


 体育祭はまだ前半も終わっていない。グラウンドへ移動する生徒達の波の中、眩い晴天の下へ姿を現すと一人一人が主人公のように輝いて見える。


「絶対勝つから」


 独り言のようにも合言葉のようにも思えるその声と青天を映す深紅の瞳は、このグラウンド上で一番熱い何かを秘めているようだった。


「なあ、少し変なこと聞いていいか?」


 二人の出番は丁度中盤である為ガヤガヤとした列に並んでいる時、伊澄はふと姉妹のことに関してある疑問が頭に浮かんだ。別にそれは一人で考えたら分かりそうなことではあったが、時間もある程度あったので隣に居た千景に尋ねることにした。


「質問内容によっては答えないこともない」

「千景さんと怜世さんって去年からこんな風に…何というか、人気があった?のか?」


 少し言葉は詰まってしまったが千景は伊澄の言いたいことが何となく分かったようで、指先を顎にそっと当てて考えるような仕草をした後ほぅと一息吐いた。


「そうね。偶にアタシとお姉を並べて何か言う人はいたかも。それがどうかした?」

「いや、その…三姉妹として注目され始めたのって今年から何だな、て。上手く言い表せないんだけど、何で今になってなんだろうと言うか…」


 クラスメイトの中には、去年のこの時期から姉妹を注目していた人もいた。この姉妹なら、一度どこかに火がついたら瞬く間に広がっていきそうな程のカリスマ性を持っていると伊澄は思っているし、実際、たった約一ヶ月で三姉妹として学園内で圧倒的と言える存在感を放っている。一年もあれば、いくら噂に疎い伊澄でも姉妹の名前くらい耳に入る筈だ。


「何でって、三姉妹だからよ」


 千景は特に悩む間もなくキッパリと言い放った。その目に曇りは一切無く、当たり前であると言っているかのように澄んでいた。言葉を上手く受け取れず困惑している伊澄を片目に、千景はふっと息を溢して口を開く。


「もっと言うと、夏芽がいるからね」

「夏芽の存在が、姉妹の人気…?」


 伊澄の脳内はより混乱した。確かに夏芽は、姉妹の中でもかなりの存在感がある。しかしそれは一人では決して作れないものだ。


「じゃあ逆に聞くけど、夏芽が居なかったらアタシ達はどう見られてると思う?学年一の学力を持って次期生徒会長有力候補どころか大本命の姉と、中学生ながら女子陸上のエースで歴代最速記録持ちの妹。自分で言うのもなんだけど、アタシだったら自ら関わろうとはしないかな」


 人気と畏怖というのは、ほんの僅かな差なのだ。あまりにも平均を上回りすぎると一般には畏怖の対象として見られ、そっと周りは離れていく。しかしそこに、背を向ようとする人を引き止めてくれる存在が居たらどうだろう。遠く感じる距離を、近いものだと示してくれる人がいたらどうだろう。


「夏芽はさ、近付きづらかったアタシ達と他の人達との距離を縮めて、繋いでくれたの。それは伊澄、アンタも良く分かるでしょう」


 くるりと振り向いた千景の瞳は、仄暗い影に一筋の光芒が差しているかのような光り方をしていた。千景から夏芽への態度はただ姉バカであるのではなく、そういった感謝の意味合いも込められているのかと考えると、家族の深い絆を感じる。


「いつの間にか呼び捨てになってるし」

「千景さん、もしかして怒ってる…?」


 ほんの少しだけ、どこかムスッとしたような言い方とそっと伊澄を眺める細い瞳の裏には、僅かばかりの寂しさが小さく滲んでいた。


「別に。可愛い妹の魅力が広まって姉としては嬉しい限りよ。まあ、多少は悔しいけど」


 言っている最中に、千景は顔をふいっと逸らして静かに目を閉じる。妹のことに関してはかなり素直になる千景の態度は、普段の学校生活でのあっさりとした様子からは想像し難く、なぜか不思議な感じがする。

 気付けば、思わず口の端が上がっていた。


「…何?」

「素直じゃないなぁ、って、あ、いやこれは…」


 明らかに千景の目がスンとなったのが分かる。伊澄は慌てて弁解しようとするが、予想に反して千景は涼やかに口を開いた。


「分かってるわよ、それくらい。誰よりも一番」


 てっきり何か反抗されるかと思っていた伊澄は、意外にもさっぱりとした千景の態度に少し驚いていた。ただ、どこか湿度を感じる声音とゆっくりと下向きに動いた視線が気になった。

 伊澄に言われたことは、千景も深く自覚している部分である。俯いた目の前に広がる薄茶色の土をぼーっと見ていると、隣から「あ」と言う声が聞こえた。


「手振ってくれてる。千景さん、ほら」


 そっと視線を上げ指差された方を見てみると


「…朔馬、さん……」


 沢山の生徒の中にいてもすぐ分かる、鮮やかなオレンジブラウンが微風に揺れていた。千景と目が合った瞬間、そっと振っていた手のスピードがひらひらひらと速くなる。思わずぱっと手を振り返すと、閉じていた唇が開かれ何かを話す。当然声は聞こえないが、不思議と何を伝えているのか理解出来た。


「頑張れ…か」


 言葉にすると、胸の内側がくすぐったいような、甘い炭酸水がシュワシュワと弾けるような気持ちが湧いてくる。ほわほわとした感じが身体中に巡るのを感じながらそれに少し浸っていると、時の流れを忘れさせるくらい世界が暖かくなる気がする。


「あ、そろそろ俺らの番だから…千景さん?」

「!っす、すぐ行くから!」


 気が付けば、並んでいた列はぐっと縮まっていた。急いで顔をバッと向けるも、目が合った伊澄は不思議そう、というよりは困惑や怪訝さが大きい視線を送る。やってしまった、と思いながら千景はまるで何も気にしていないかのような姿勢で列を進める。


「…あのさ」


 声を掛けられたことに、大袈裟と思われる程肩がビクッと跳ねる。ドキリとした、とも言えるかもしれない。とにかく、次の言葉が発せられるまで緊張していたのだ。


「朔馬と何かあった…?」

「っ……へ、変なこと聞くな!答えないから!」


 眉を中央に寄せて語気を強め、さっきとは激変した千景の態度には伊澄だけではなく、周りの生徒達も少しザワついた。


「ご、ごめん…」

「っ…別に、謝ることじゃないし」

「いや、ただもしかして朔馬が何かしたんじゃないかと思っただけで…」

「朔馬さんがそんなことする訳ない!」


 再び大きく響いた千景の声にまたも周囲の人々はザワザワと囁く。主に憧れの先輩が実の弟にそう思われていたことへの怒りだが、千景自身も無意識且つ反射で言っていたらしい。なんなら反応はさっきよりもずっと大きい。

 数秒後ハッとしたように伊澄を見た千景は、同じように弱々しい謝罪がくると思っていた。しかし目の前の伊澄はどこかほっとしたような、丸くも水晶のように透き通った目をして千景の深紅の瞳を眺めていた。今まで見てきた伊澄とは違う、どこか不思議な奥行きを感じる視線に思わず「何?」と疑問が零れた。


「朔馬のこと、そんな風に思ってくれてたんだ」

「あ、当たり前でしょう!逆に、アンタはそうは思っていないの?」


 兄弟姉妹なら互いのことを信頼すべきと考えている千景は、今の伊澄の言い方には疑問を抱いた。ましてや、朔馬程の人物ならば信頼しない方が信じられないと思っている程、千景は朔馬のことを心から許している。


「思ってるに決まってるよ。即答してきたことに驚いただけ。まあでも、千景さんにそこまで信じられてると朔馬も嬉しいだろうなって。本当、良かった」

「良かったって、何がよ」

「ううん、何も」


 兄弟間の仲の深さが表れる言葉だが、伊澄の言い方は安心や安堵といった意味が強いように感じた。普通の兄弟関係で使うことはあまりない、どこか特別な何かを含んでいるようだ。

 何も、とはぐらかして以降閉口する伊澄に詰め寄るようなことはせずとも、何かがあることだけは分かった。


「…そうね、朔馬さんへの気持ちは夏芽達に向けるものとはちょっと違うから…」


 つい口が滑っていたと気付いた時、バッと頬に血が巡り熱を灯す。しかし、嘘ではないこの気持ちを誤魔化すことも出来ず必死に弁明の言葉を探す千景を、伊澄は少し不思議そうにもどこかほっとしたようにも見える、柔らかな表情で見ていた。


「ほ、ほら!次だから進むよ!っ、笑うな!」

「え、俺笑ってなんか…」

「いいから行くよ!」

「ちょ、力強い…」


 それぞれの片足をキュッと紐で結び、数十メートル先に見える前のペアが少しずつ近づいてき襷を受け取った瞬間、千景が猛スピードで走り出した。陸上部所属にして最速記録保持者の彼女に伊澄が当然ついていける筈もなく、結ばれた紐に引っかかり…躓いた。


「本当にすみませんでした……」


 結果だけ言ってしまえば、それはもう大変だった。伊澄が躓いたことで千景が引っかかりスピードが落ちるかと思いきやなんとそのまま走って行き、最終的に結ばれていない方の足を持った伊澄を掴ませて(というか最早担いで?)千景は走って襷を渡した…のだが、当然周囲が無反応な訳なく、走っている最中から走り終わった後まで笑いと戸惑いの声が広がっていた。因みに、一緒に走っていた白組のペアが正に阿吽の呼吸で一度もスピードを落とすことなく走ったこともあり、かなりのリードを取られてしまった。


「なんで伊澄さんが謝るんですか。どうせ千景の暴走でしょう?…勘だけど」


 勘、とは言ったものの夏芽はあのちぐはぐな走りの原因は千景にあると確信している。誤魔化したのは、途中で千景にキッと鋭い視線を向けられたからだ。こうなれば、千景も何か言い返すことも出来まい。クッと悔しそうな息を飲み込んで目を逸らす。


「まあまあ、二人に怪我とかが無くて本当に良かったよ」


 少し気まずい空気を和ませようと声を出したのは朔馬だ。何せ、あんな走りは見ている側からすると大分ヒヤヒヤとするものである。故に大怪我が無くて安心する朔馬の気持ちは、千景も伊澄もよく分かっていた。

 気が付けばもう体育祭前半は終了し、点数は僅かな差で赤組が勝っていた。


「結構差が縮まってきたな…」

「これは後半の競技に懸かってるわね」


 慎重な面持ちでそう推察する千景の頭には、『優勝したい』と言っていた朔馬の顔が浮かんでいた。また、後半の競技にはリレーが組み込まれており、前半で失態をやらかしてしまった分ここではしっかり巻き返してしかなければとも思っていた。


「千景と朔馬さんのリレーはどっちも後半なんだよね」

「そう。アタシは割と序盤。任せて、絶対勝ってくるから!」


 ドンと胸に手を当てた千景を夏芽がヒュ〜と囃す。それ程頼れる姉ということだ。


「あ、お姉から連絡。お昼の場所取ったって」

「了解ー!」


 夏芽の一言に反応するように四人は各々の荷物を持ち、後半に向けて英気を養う為まだまだ眩しい太陽の下を歩き出した。

お読み頂きありがとうございます。

この後の展開はきっとテンションが変わると思います。(ある程度予想はつくかも…?)

次は起承転結の転に入れるかも

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