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#23:白熱の予感

「で、で!みんなどっちだった⁈」


 今日のよく晴れた天気のような嬉々とした夏芽の声に、昼食を摂っていた手が止まる。ここは屋上の一角であり、今日は姉妹の提案により六人で昼を過ごしているのだ。何も、今月末に控えた体育祭を心待ちにしているようで、色々と聞きたいとか。

 尋ねられたどっち、と言うのは恐らく先日組分けされた紅白のことだろう。ここ数日、友達や兄弟姉妹と同じ組になれなかった人達の嘆きが学園中に響き渡っていたから。


「私は赤だよ!」


 夏芽の明るい声と表情に、殆どは「へー」といった反応を返す。しかし一人だけ、何やら不敵に口角を上げる者がいた。


「おー敵だ。早速分かれたね、俺白」

「千夜くん白なの⁈」


 色とか敵対関係とか気にするだけ面倒、と今まで兄弟で分かれても特に気にせず流していた千夜だが、今日はどことなくやる気が見受けられる気がするのは三姉妹がいるからだろうか。

 因みに、千夜に一番反応した怜世は白色である。何も、周りの友人達と色が分かれてしまって少し落ち込んでいたらしい。


「宜しくね!」

「うん」


 漸く仲間が見つかったことへの喜びが、無邪気な瞳によく表れる。千夜が淡白であまり抑揚のない調子なのもあり、嬉しそうな怜世はより一層眩しく見えた。

 そんな様子を見た後、あとの三人、伊澄・千景・朔馬の方を向いた夏芽は、何やらニヤリと黄金色の瞳を三日月のように細めて、ゆっくりと口を開いた。何が発せられるのか、その表情から読み取ることは難しかったが、少なくとも自信があるようなことは分かった。


「千景は赤でしょ」

「はい、せーかーい」


 夏芽の顔には、ドヤという音が今にも聞こえそうなくらいの笑みが広がっていた。正解したご褒美か千景が卵焼きをあーんとさせると、すぐさまぱくりと鮮やかな黄色は飲み込まれた。


「いつもの勘?流石夏芽、冴えてるね」


 今まで何度か夏芽の直勘を見てきた伊澄は、今回も見事に正解したことに感心した。

 伊澄が褒めたことへ夏芽は嬉しそうに感謝を伝えるも、なんと今回はある程度理由があるそうだ。一体それは何なのか、自信満々の夏芽に一同は細い緊張が走る。


「だって千景、怜世と一回も同じ色になったことないもん」


 風船から空気が抜けるように、夏芽以外の全員の気力がぷしゅぅと抜ける。何も千景と怜世は、幼稚園の時から運動会や体育祭で同じ色になった経験がないらしい。それを間近で見続けてきた夏芽が今回色を推理したことには納得したが、あまりにもレアすぎる理由に兄弟が驚きを示したのは言うまでもない。


「それは偶々でしょ」

「そんなことはないだろ…」


 淡々とする千景に、伊澄は思わずツッコんでしまった。幼稚園の時から、となるともう十年ほど怜世と千景は同じ色になっていないことになる。そんな偶々があってたまるか、と思うところだが、この姉妹が嘘をつくとはとても思えないので、兄弟はその偶然性にただ驚くことしか出来なかった。


「あ、じゃあさ夏芽。伊澄はどっちだと思う?」


 千景が悪戯っぽく尋ね、伊澄を指差す。二人は同じクラスなので互いの色も把握済みであるが、学年の違う夏芽は姉妹以外のことは知らない。やけにニヤリとしているのは、あっさり色を当てられたことへの悔しさからか。少し大人気ないとは思いつつも、うーんと悩む夏芽を遮ることもしたくなかったので、その答えをそっと待つことにした。じっくりと考えているのは、きっと連続で正解したいからだろう。


「じゃあ赤で!」

「…へー」

「違いましたか⁈」


 当たる確率が半分ということは、外す確率も半分である。あまり芳しくない伊澄の反応に、夏芽は間違えたのかと少し悲しそうにする。


「ううん、正解。流石だね、夏芽。宜しく」

「はい!」


 連続で正解したことにほっと安堵の表情を浮かべた後、黄金色を見開いて得意気に口角を上げた。伊澄も、二択とはいえ正解を引いた夏芽の直勘にただ拍手した。


「朔馬さんは、どっちですか?」


 満面の笑みの夏芽を片目に、微笑ましそうにしている朔馬に千景がふと尋ねた。あと色が判明していないのが朔馬だけなのもあるが、千景自身が気になったのもあるだろう。どこかそわそわとしていて、気になって仕方ないといった感じだ。


「どっちだと思う?」

「えっ」


 夏芽に影響されたのか、どこか試すような目をする朔馬とは対照的に、予想外のことに千景は柘榴石のような瞳をきゅっと縮める。


「白…ですか?」


 やや不安気味なのは、同じ組と期待して赤色と言ってしまうともし違った時に気まずくなるからだろう。願わくば同じ組でありたいのは、千景も朔馬も同じだろうが、こればかりは最早運であるので、ならば期待値を下げておこうと考えるのは自然であろう。


「残念、赤だよ」

「…そーですか」


 朔馬の返答に安心したのか、千景の止まっていた箸が動きだす。どこか素っ気ないように振る舞うも内心どう思っているのか、二週間以上共に過ごしていたらそれは案外分かるものであった。そして、そんな千景を見た夏芽の目がイヒッと細められたことも。


「千景、良かったね。朔馬さんと一緒で」

「あら、それはどう言う意味かしら?」

「別にー。でも嬉しそうじゃん」

「あっそ…」


 何でもありませんよ、とでも言っているような黄金色を千景は意味有りげに暫く覗いた後、ふっと一息吐いた。僅かに口の端が上がっているのを見た朔馬は、そっと目を合わせて口を開く。


「宜しくね、千景ちゃん」

「こちらこそ、精一杯頑張ります」


 同じ部活の先輩と後輩の関係なだけあり、二人の挨拶は涼やかで、すっきりとしたものだった。先日、暗い過去を共有したことにより二人の関係がより親密になったこともあるが、それは二人だけの秘密である。


「そういえば、みんな競技は何を選んだ?」


 ふと、怜世が思い出したように目を配らせた。

 競技というのは、玉入れ・綱引き・障害物競走・借り物競走の四つのうち二つを選んで行われる選択競技であり、中学生と高校生合同で行われる為、毎年どの競技も白熱し盛り上がっている。なお、リレーに出場する生徒は選択競技は一つしか選ぶことが出来ない。


「私は玉入れと借り物競走!」


 元気良さそうに手を挙げる夏芽の姿は、正に体育祭を楽しみにしているといったところだ。初めての大きな行事に心弾ませている様子には一年生らしいフレッシュさを感じる。


「…奇遇だね、俺も全く一緒。最早宿敵だね?」


 どうやら、両家の末っ子は気が合うらしい。小さな偶然に面白がるような、しかし他者が割り込む隙がない程の鋭い視線をして千夜が夏芽を見る。両者の間に静かに散らされる火花は、正にライバルと言えるものであった。


「絶対負けないので、覚悟して下さいね!」

「それはこっちの台詞だし」


 相当自信に溢れているようで、二人は不敵な笑みを浮かべた。


「アタシは障害物」

「千景が?以外だね」

「そう?」


 障害物競走は二人一組でペアを組んで出場する必要がある為、友達と一緒に出場する人が多い。過去のこともあり基本的に学校では一人で過ごしていると聞いていた夏芽は、姉にそんな親しい人がいたのかと驚きが隠せない様子だ。

 今にも理由を尋ねたがっているような瞳に、千景は浅いはぁ、という溜め息を吐いて興味津々な妹を少し揶揄うような目で見た。


「因みに、伊澄と一緒」

「…ええ⁈」


 殆ど反射的に、黄金色が大きく見開かれる。千景としては、ただクラスメイトでそれなりに交流もある相手だから組んだのであり、そもそも男子と女子がペアになってはいけないというルールはない。何も驚く部分はない筈なので、今日一番大きな声を上げた夏芽を不思議そうに見つめた。


「というよりほぼ強制的な感じだったけどな…」


 何やら少し重そうな溜め息を吐いて、伊澄はふっと目を閉じた。


『伊澄、出場する競技ってもう決まった?』

『え、まあ一応…』


 希望用紙をひらひらとさせながら振り向いた千景に、伊澄は直感的に良くないことを考えてしまった。しかし周りを見れば、どこも同じように出場したい競技について盛り上がっている。既にリレーの出場が決まっている千景は、選択競技は一つしか選べない為純粋に気になったといったところだろう。


『教えて』

『え、それは…』

『教えて』


 ジイっと伊澄を見つめる深紅の瞳には、有無を言わせない圧力のようなものがあった。そんな風に見られてしまえば、断りを入れることを憚られてしまう。


『えぇ…綱引きと玉入れにしようかなって。千景さんはリレー出るから、選択は一つだったよな、何にするんだ?』


 競走は個人競技であるが綱引きも玉入れも団体で行う競技である為、人の視線を気にしがちな伊澄が選ぶものとしては丁度良い競技である。


『借り物競走…と言いたいとこだけど、生憎定員で障害物。でも知り合い全員もうペア組んで今一人』


 やれやれ、と言った感じの溜め息を吐く千景。借り物競走は人気の競技の一つで、毎年かなりの人が出場の意を表明している為競争率はそれなりに激しい。千景に同情しつつ、ではこれからどうするのか尋ねようとした伊澄の瞳を千景がキッと捉える。


『だからさ伊澄、アンタも障害物にしてよ。そしてアタシとペア組んで』

『俺に拒否権は…いや、無いなこれ』


 相変わらず千景の瞳はクールで鋭く、「はい」も「いいえ」も即答出来ないくらいの奥行きがある。こういった強めの押しに小心者の伊澄が何か言える筈もなく、用紙に障害物競走と綱引きの文字を書くと千景は満足そうにニッと口角を上げた。


「ていう訳」

「千景、結構強引だね。伊澄さんはそれで良いんですか?」


 相手の意志も尊重すべきだ、と伊澄を気にかけてくれている夏芽を有難く思いつつも、最終的に決めたのは自分であるので静かに頷いた。


「うん。それに、障害物にも興味あったから」


 嘘偽りのない伊澄の言葉に、千景が無理矢理引っ張って来たのではないと分かった夏芽は安心したような息を漏らす。


「みんな結構バラバラになったのね」


 ほっと空気が穏やかになった時、ふと怜世が口を開いた。どこか感心しているようにも、何かを深く考えているようにも見える瞳は、本物の宝石のような煌めきを帯びていた。因みに、怜世は障害物と借り物競走を、朔馬は綱引きを選択したそうだ。二人の出場する競技が分かった時、紅白分かれた姉妹の間に強い火花が舞った。


「絶対負けないよ!」

「随分自信があるのね、夏芽。悪いけど、手を抜くつもりはないよ」

「勝つのは(こっち)よ。だって、こっちには朔馬さんがいるから」

「何で俺…?」


 朔馬は何故自分が理由になるのか分からない、という顔をするが兄を一番近くで見ている弟達からすると、納得を超えて最早溜め息を吐きたくなるものである。何せ昨年の体育祭においてリレーは朔馬の独壇場であった。配点の大きなリレーで頼もしい存在であることは間違いない。加えてストイックな性格故、たとえ体育祭であろうと人一倍真剣に取り組み士気を高めてくれる、その姿はリーダーと呼ぶのに相応しいものである。


「まあでも、それくらい頼られてるってことか」


 千景が自分を頼りになる先輩として思っていることに、自然と口角が上がる。「そういうことです!」と朔馬を見つめる深紅の瞳を眺めると、意識せずとも不思議とやる気が漲ってくる。


「じゃあ、みんなの目標は一つだね」


 夏芽がジイっと目を配らせる。いつものような甘い視線ではなく稲妻のようにピリリとした鋭い今日の瞳は、基本的に体育祭での勝敗をあまり意識していない伊澄や千夜の身体までも震わせるような激しさがあった。


「絶対勝つ!」

お読み頂きありがとうございます。

盛り上がっているようで何よりです。

でもまだ起承転結の起が始まったばかりなので、気長に待っていてくれたら嬉しいです。

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