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#22.5:誰も知らない

「アイツ、マジで何なんだよ…ムカつく。チョーシ乗りやがって」


 思わず口から飛び出たその一言が、今にまで続く重くドロドロとした気持ちを満の中に形作っていった。

 均整のとれた白く瑞々しい顔やすらりとした身体付きに、誰もが目を見張る程の艶やかな赤髪、何よりクールでおよそ小学生とは思えない佇まい。男子からも女子からも密かに憧れられる孤高の花、それが古閑千景である。

 しかしその素性はあらゆる人を突き放し冷たく振る舞う、まるで自分勝手な女王様であった。それを指摘すると「なら関わらなければ良い」の一言で会話は締められる。それでも、めげずにコミュニケーションを図った。だって花京院満は皆に頼られ、誰にでも優しく接する優等生である。みんなと仲良くしたい、故に誰か一人を除けるようなことはしたくない。周りに好かれる為、己の意志を貫く為、その為ならばどんなことをしたって構わない。しかしその気持ちは、日々千景の冷え切った声を聞く度に徐々に歪められていった。

 湾曲した心は次第に千景の存在をストレスに感じ、気が付いた時には小さな嫌がらせをしていた。それでも千景は何事もないかのように過ごすので、嫌がらせの質は段々と濃く過激なものになってきた。また、優秀な姉と比べられてきたことからくるコンプレックスを千景が持っていたことも、より満の手を細やかにさせた。世間から見れば立派ないじめでも、満にとってはストレス発散であった。

 千景が誰とも関わらなかったことが功をきしてしまい、結果満は卒業まで千景に嫌がらせをし続けた。


『やっぱり千景だ!えー、こんなとこにいたんだー!ね、ね、私のこと覚えてる?』


 卒業式以来久しぶりに見た少女の姿は、その時から変わらず、怖れと怯えに溢れたものであった。肉食獣に見つかった小動物のような目をする千景は、相変わらず気分がスカッとするものである。満にとって千景は目障りで、言うなればストレス発散の道具のような存在だ。

 それなのに、年上の男と帰路を共にするという満が願っても叶えられないことをしているだなんて、信じられないものであり許せないものである。


「あーマジイライラする」


 数年ぶりに千景の姿を見て以降、満の中には抜け切らないガスが溜まったように澱んでいた。今日もゆっくり眠ることが出来ず、早朝に目が覚めては訪れない眠気と日に日に濃くなってくる行き場のない気分に不快感が募っていると、ふと窓の外から何やら楽しそうな男女の声が聞こえた。


「最近調子良いね。やっぱり、体育祭が近いから?」


  思わずそっとカーテンを開けると朝らしい淡い陽光が差し込み、見覚えのあるオレンジブラウンが目に飛び込んできた。


(あれ、この間の男じゃん。ていうかよく見ると結構カッコいいな…ん?笑ってる?)


 視線の先には、つい先日会ったばかりの朔馬がいた。薄めのTシャツとどこか暑そうにする仕草からはランニングでもしたのだろうと予想がつき、誰かと話していることも分かる。相手はしゃがんでいるのか、その姿は窓越しから見ることは出来なかったが、朔馬が相手に笑いかけていること、それくらい深い関係であると予測するのは容易であった。


「はい!だって、折角アンカーに選ばれたんですから。中途半端な結果には絶対したくないんです」


 暫くして気にしていた相手がすっと立ち上がった時、満はまるで信じられないものを見たかのように大きく目を見開いた。


(は?千景?何で笑ってんの?) 


 それは、ここ数日満の胸を騒ぎ立てている原因の姿であった。朝日に反射する滑らかな赤髪に、パッと花が咲いたかのように微笑む顔。先日恐怖から逃げ出した人物と本当に同じなのか疑う様子に、満の不快感はグッと胸の上まで押し上がる。気持ち悪い気分を自覚しながらも爆発させぬよう抑え、窓越しの会話をそっと盗み聞きする。


「朔馬さんは、あまり気負ってないように見えます」

「まあね。でも、中途半端にしたくないっていうのは同じ。今年が最後の体育祭だし。だから、悔いなく終えたいってのが一番の目標。あと、出来れば勝ちたいな…とは思っているよ」

「そこはもっと主張して良いんですよ。でも、きっと勝てると思います。だって朔馬さん、リレーぶっちぎりですし、他の競技も圧勝じゃないですか。そんなことない、なんて言わせませんからね。見てましたよ、この間の練習」

「真正面から言われるとなんか照れるな…」


 人差し指を頬に当てて少し恥ずかしがる朔馬と、その姿を見て得意気にニッと口角を上げる千景。先日の発言がまるで嘘であるかのような二人の距離感は、普通の先輩と後輩関係のそれには到底見えなかった。何も知らない満からすれば、裏切りとも捉えられる光景。はらわたが煮えくりかえる程の不愉快な感じ、怒りが全身に昇る。


(何あれ…千景のくせに、何で笑ってんだよ。アンタみたいな奴はもっと影で怯えてれば良いんだよ!)


 満の脳裏に蘇る千景の姿は行き場のない恐怖で覆われた瞳に弱々しい声、全く力の入っていない手指と綺麗な肌を伝う細い雫。自分達よりもずっと小さく脆い存在で、皆に気付かれない傷を内側に抱えたか弱い花。それは影に佇むが故に日の元に姿が現されることはない。そこら辺の玩具よりもずっと都合の良い道具であった。


「じゃあ、あともう一周行きましょう!」

「うん。でも、無理だけは絶対にしないでね。体調でもメンタルでも」

「勿論です。自分をしっかり管理して調整するのも選手としての努めですから」

「そうだね。良い心意気だと思うよ」

「お互い全力を尽くしましょう!」


 それはまるで丁寧に手入れされた花よりも明るい声だった。タタっと風に駆けていく二人の姿が見えなくなると、満はカーテンをつまんでいた指にグッと力を掛けて思いきり引っ張った。硬い布を掴み続ける手の平と指は痛くなってきていたが、それ以上に腹の奥底から噴火する気持ちで頭は一杯だった。


(ウザい、ウザい、ウザい……!!!)


 頭から全身に熱いものが巡っていく。酸素が回るスピードよりも、不快感をも通り越した憤りが胸から広がっていく。


(何が選手としての努めだよ、良い子ぶりやがって…やっぱりアイツ、チョーシ乗ってる。人のことを自分のことみたいに語って。アンカーに選ばれたからなんだよ)


 満は千景がアンカーに選出されたことをどれほど喜んでいるか知らない。自慢や自意識過剰とさえ思っている。千景へのイメージが暗いままで止まっている、否、止めている為自分よりも楽しそうにする姿は決して許してはいけないものなのだ。


(あームカつく。どーにかして理解させてやんないと…でもどうしたら……ん?そういえば、アンカーって最後に走るやつだったよな。バトン貰って、最後にゴールする…)


 その瞬間、満は最高の案を思いついた。それは、無意識の速さで友人に電話を掛けてしまうくらい心踊るものであった。だって、素晴らしいものは直接肉声で伝えるべきだと思うから。


「あ、万祐?あのさ、千景の学校って分かる?…あー青涼か」


 小さくやっぱウザい、と呟いた後思い出したように今しがた浮かび上がった案を伝えようと早口でもう一つ質問をする。


「でさ、今度体育祭があるらしいんだけど、日程って分かる?確か友達いるって言ってたよね?……そうそう、実は実はめっちゃ良いコト思いついてさー……うん、じゃあよろしく〜」


 ツーッと通話を切り終えた携帯を机の上に置く時には、あの気持ち悪いくらいの不快感は殆ど消えていた。それ以上に、自らの案と手に入れた情報に酔いしれていた。


「覚悟しとけよ千景。アンタの本当の姿、あの男に見せてやる…!」


 ガラスに映った満の顔は賢く冷ややかで、そして静かな邪悪さを孕んでいた。

お読み頂きありがとうございます。

そして割り込み失礼します。

不穏な予感しかしないね!この先が楽しみだね!(鬼の発言)

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