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#21:ただの、昔の人

「んー、今日は疲れました!」


 ぐぅっと腕を伸ばしてひと伸びすると、ふうーっと柔らかい溜め息が溢される。

 結局、部活動の時間が終了しても走り続けていたので見回りに来た先生に軽く注意されてしまったが、もうすっかり橙色になった空の下ゆっくり帰路を歩む時間は、静かながら充実感に満たされたものであった。


「千景ちゃん、いつにも増して気合い入ってたしね」

「誰の所為だと思うんですか?」

「えっ」


 実際、千景は普段の活動よりも走り込んでいた。折角オフの日なのに、いつ休むのだろうと心配になる。きゅ、と小さく中央に寄った眉とどこかぶっきらぼうな物言いは、連日の部活による疲れもあるか。


「えっと…もしかして、俺?」


 申し訳ない、というよりかはやや不安気におずおずと尋ねると、少し吊っていた千景の表情がふわりと緩くなった。どうやら正解みたいだ。


「そーですよ。朔馬さん見てたら、なんか悔しい?っていうか、もっと走りたくなったんです」


 まるで、「さっきのお返しです」とでも言いたげな目をされてしまっては、少しばかり返答に迷いが生まれる。微笑ましいというか、可愛らしいというか、真面目だなと思うか。何にせよ、朔馬から千景へ向ける気持ちは相変わらず柔らかいものである。

 そんな朔馬の視線を感じたからか、千景はふいっと顔を逸らして風に流す。


(変わってないな…アタシも)


 心の奥には、全力で走りゆく朔馬の背中を追いかける千景が居る。それは、四年前からずっと変わらない、軸のようなものである。


「でもそれって、良いことなんじゃない?」

「まあ、そうですけど…」

(良いこと、か…)


 お互いがお互いに影響されて本気になって、その結果良い数値を叩き出すことが出来る。双方にとって良いこと、高め合える良い相手と言えるだろう。

 男子陸上部の不動のエースである朔馬にとって自分がそんな存在であるということは、千景の一部を綿のようにふわふわとさせた。

 脳内の映像が遡る。青すぎるほど眩しい空も、頬にかかる柔らかな風も、辺りに舞い飛ぶ細やかな砂粒も、響き渡る感嘆の声も、全員の視線の先にあるたった一つの影も。まるで昨日のことのように鮮明に思い浮かぶ。


『朔馬()えぇー!』


 偶然通りかかった中学校から聞こえた歓声に、思わず足が止まった。グラウンド中に轟く声々は男子か女子かも分からないくらい大きく、そして激しかった。


『アイツ中二だろ?身体能力パネェって…』


 そっと近付いたフェンス越しに聞こえる畏怖の声。少し話を聞いていると、どうやらまだ中学生の後輩が先輩達を圧倒しているらしい。


『なあなあ!もう一回走ってくれ!』

『良いけど、お前ずっと走りっぱなしじゃ…』

『良いんだよ!ほら、行こうぜ』


 騒ぎの中心にいる人は、すぐに分かった。高校生と見違うくらい高い背丈と全身についた厚い筋肉。捲られた袖口から覗く腕や足の色は正に健康優良児と言えるものであり、微風に撫でられるオレンジブラウンの短髪は熱い日差しと良く似合っている。


『じゃあ行くぞー。三、二…』


 二人がスタートラインに並ぶとさっきまで広がっていた歓声は一瞬にして消え、代わりに細い糸がピンと張ったような緊張感が張り巡らされる。その空気感だけでも、あのオレンジブラウンの少年がどれ程の存在であるかがよく分かった。

 気付けば、千景の心はスタートの合図が鳴るのを今か今かと期待するように、鼓動が速く波打ち高鳴っていた。


『いちっ!』

『!』


 途端、髪を煽る疾風。そして、深紅の瞳に映ったのはただ一つの人の姿。

 踏み出される力強い一歩、進む度に揺れる影、そして何よりもひたすらに目の前だけを見つめ続ける鮮やかな瞳。周りの声は耳に入らず、ただ走る姿に目が奪われる。

 勝敗は一分も掛からなかった。しかし、仲間達の元へ駆けて行く少年の後ろ姿は、激しい滝のような何かを千景の中に流し込んだ。

 あの走りをもう一度見たい、という気持ちだけが千景の身体中に鳴り響くも溢すことはせず、そっとフェンスに掛けた指に静かに力を込めた。

 やがて少年は多くの人に囲まれた後校舎へ消えていった。だが、千景の脳裏にはさっきの走る姿が焼き付いて離れなかった。それは暗闇を照らす明かりのように、道標のように、今もずっと彼は走り続けている。


「…ちゃん…千景ちゃん?」

「!」

「大丈夫?疲れてるんじゃ…」

「い、いえ大丈夫です!ただ…」

「ただ?」

「いいえ、何でもありません!」


 昔の記憶に触れていた、と続けるかは迷いが生じた。だって朔馬が千景のことを知ったのは千景が陸上部に入部した時だ。朔馬の中学生時代を見たことがあるのは、中等部の中では千景だけである。


(そんなこと、話せる訳ない…)


 そのことを話してしまえば、千景が朔馬を追いかけて陸上部へ入部したことを言ってしまえば、きっと気味悪がられる。距離を置きたくなる。朔馬がそんなことをするとは思っていなくとも、少しでもそう思われてしまうのが怖いから。


「そう。でも、無理はしないでね」

「分かってます。…朔馬さんもですよ?」


 朔馬は千景以上に部活動に打ち込んでいる。日々の努力を欠かさずエースの格を保ち、だからこそ皆が認めるエースである。自己管理もきちんと出来ているとは思いつつ、やはり心配心はゼロではないのでそっと声を掛けた。


「勿論。そろそろ体育祭だしね」

「あっそうでした!」


 五月の中旬頃に行われる体育祭は毎年気合いが入る。それは、中等部と高等部二つに分かれそれぞれ三学年で行われる選抜リレーがあるからだ。千景も朔馬もこれまで毎年リレーに出場してきており、今年は二人共最高学年としてアンカーを任されている。


「千景ちゃん、凄いやる気だね」

「当然です!だって…」


 先頭でゴールテープを切る想像をしている千景の瞳は、部活動中よりも輝いていた。それは、それくらい自信と本気が心を満たしているということであり、気力も意欲も充分であるということだ。

 晴れやかな未来に心を弾ませて、上昇する気分に緋唇が小さくクッと持ち上がる。

 軽い足が夕日の差したアスファルトを一歩踏み締めた時だった。


「千景…?」


 背後に聞こえた声に、足が止まった。身体全体に薄い霜が降りたような冷たさが巡る。記憶の奥底に眠らせていた筈の何かがぼんやりと輪郭を成していく。くるりと身体を振り向けるのに、何十秒も掛かったような気がする。


「やっぱり千景だ!えー、こんなとこにいたんだー!ね、ね、私のこと覚えてる?」


 白地に紺色のラインが入ったセーラー服と、耳の辺りでふわりとカールした焦茶色の髪。身なりは変わっていても名前を呼ぶ妙に甘いようで一周回って腐乱したような声音は、暗いところに仕舞っていた千景の記憶を呼び起こした。


(みちる)…」

「嘘、覚えててくれたの⁈嬉しい!てっきりもう忘れられてるかと思ってたよー」


 心底驚いた、といった表情をして少女・満は嬉しそうに笑う。ガッと手を取って上下に振る様子は、どこからどう見ても喜んでいるようだった。

 一方、千景は出来るだけ目を逸らさないよう、顔が引き攣らないよう鞄の持ち手を強く握って、微かに震える手元を隠した。頭の中は薄暗い靄が広がって、段々と身体中の余裕を蝕んでいく。

 笑顔で自分を見つめる満の手を、今すぐにでも振り解きたかった。心臓の辺りが鉛のように重く冷たく沈んでいき、目の前に闇色のヴェールが下ろされた感覚がする。


(忘れる訳ないだろ。()()()()()しといて…)


 こぼれ落ちるのは、苦い、鉄のような記憶。封じていたつもりの、荒い映像。


「えっと…二人共仲良いんだね?」


 朔馬の一言で、千景の意識はハッと醒めた。相変わらずにこやかにしている満と、ちょっとだけ困惑が窺えるような顔をした朔馬が目に映り、漸く脳が回転する。


(仲良い…?)


 千景は満と仲が良いなんて一度も思ったことがない。それどころか、さっさと離れたいとすら願っている。


(そっか、朔馬さんからはそう見えてるんだ…)


 だって朔馬は千景と満の関係を知らない。千景だって、出来るだけ話したくない。


「っか、彼女は…」

「初めまして〜。私、花京院(かきょういん)満って言います。千景とは小学校の時に同じクラスだったんですよ」


 千景が話すより先に、満は朔馬の近くに寄って甘ったるい声を出していた。古い記憶の中と全く変わらない態度に胸が鈍くなっていく。


「そうなんですか。俺は…」

「満〜?ったくどこ行ったんだか…」

「あ、男と一緒にいる!抜け駆けしやがってー」

「え、待って。あそこにいるのって…」

「千景…?」


 頭の奥を突き刺して抜けない、硬い荊棘のような声が耳元を掠め、満と会った時以上に身体が固まる。そして、冷気が身体の芯から覆って凍っていく感覚。


(嘘…何でいるの…⁈)


 開いた記憶の扉から現れるのは、暗闇に響く甲高い笑い声とギラリと光る鋭い目。


万祐(まゆ)明莉(あかり)!」


 満がタタっと駆けていく姿に思わず目が移ってしまう。それは、心のどこかでその可能性を否定したかったからかもしれない。しかし現実は残酷なことに、深紅の瞳が映したものはその願いとは真逆の、今すぐ目を逸らしたい景色だった。


「もー、何勝手に離れてんのー」

「探したんだからねー」

「ごめんごめーん。ちょっと千景の姿が見えたからさー」


 満が声を掛けた二人の視線が一気に千景に刺さる。その素早さと鋭さに、身体が大袈裟というくらい震える。次の言葉が発せられるまでの時間が、異様に長く感じられた。


「やっぱ千景なの⁈」

「マジで⁈何でここにいるの⁈」


 興味津々に千景を見つめる二人の目の光り具合に、千景は心の中で顔を歪ませる。


(そんなの、アタシが聞きたいっつーの…)


 でもそれを尋ねることはしない。髪を靡かす風が、記憶と視線も相俟って妙に痛い。急に自分が真っ暗な夜に飛ばされたような気分になる。


「えっと、皆さんもしかして…」

「はい!千景の友達です!」

「いつもこの四人でいたんですけど、中学は千景だけ受験して離れちゃったんです。ねー、千景?」

「う、うん…」


 二人に覗き込まれ、千景は力無く頷いた。

 さっきまでの明るさがすっかりなくなっている様子に朔馬が気付かない訳もなく、どうしたのだろうと思っていた。


(千景ちゃん、元気ない…?)


 違和感というものは多少はあった。が、それが心配心に変わるのはあまりのも早すぎた。

 中学生の千景は高校生の朔馬とほぼ同じスケジュールをこなしている。年齢差もあれば性別も違うので、体力差は圧倒的と言っても過言ではない。故に朔馬は口数の少ない千景を疲れているのだと思った。


「と・こ・ろ・で〜。おにーさん、結構カッコ良いですねー。何かスポーツとかしてるんですか?」


 どこかニヤニヤと、それでいながら相手の奥深くへ入り込もうとしているような視線に朔馬は困惑の表情を浮かべる。実際、朔馬は上背も筋肉もあるので何か運動をしているのかと聞かれたことはよくあった。しかし、今まで経験したことのない距離感には戸惑いが見受けられた。


「陸上をちょっとね」

「うわぁー、カッコいい!」

「すごーい」

「そんなことは…俺より千景ちゃんの方がずっと凄いよ。今日だって自己ベスト更新してたし」


 朔馬が陸上を始めたのは中学生になってからであり、かれこれ5年程続けているスポーツであるが、小学生の頃からランニングを始めたと言う千景と比べると、部活へ向き合う気持ちの差を感じる。


「え、千景って今陸上やってんの?」

「え、う、うん。そうだけど…」

「じゃあ、おにーさんもしかして千景と付き合ったりしてるの⁈あ、だから一緒に帰ってるんだ。うっそ、ちょっと信じらんなーい」

「でも部内恋愛ってアリなの?ほら、ウチらのとこでもどっかの運動部での恋愛がバレて仲間割れして、結局別れたって噂流れてんじゃん?」

「何それ初めて聞いたんだけど。あー、でも千景なら部内恋愛とか気にしなさそー」


 ぽかんとする千景達を他所に、満ら三人は恋愛話で盛り上がっていた。というより、完全に朔馬と千景が付き合っているという認識で話が進んでいるので、急いで誤解を解かなければいけないと思った。


「あの、盛り上がっているところ悪いんですが、俺と千景ちゃんは家が近いから一緒に帰っていただけで、別に付き合っているだとかそんな関係じゃないですから…」

「別に誤魔化さなくても良いんですよー?」

「いや誤魔化してなんか…」


 どうやら女子というのは友人の恋愛事情を知りたくてしょうがないらしい。いくら否定しても都合の良いように解釈されてしまう。どうしようかと頭を悩ませていると、ずっと閉口していた千景が口を開いた。


「そうよ。()と彼はただの部活の後輩と先輩なだけ。迷惑だから、変な邪推は止めてくれる?」


 氷のように冷えた声で否定されると、流石にもう弄れなくなる。三人はニヤニヤとした視線を止め、つまらなさそうな溜め息を吐いて朔馬から離れた。


「そこまで言うってことは本当かぁ〜」

「ほんっと昔から変わってないよね、千景」

「でもよく考えたらそっか。そうだよね、千景にこんなカッコいい彼氏がいるとか信じらんないもん」


 妄想から覚めたのか、三人は元の調子に戻った。

 キャハハと言う女子らしい会話の調子は、至って普通のものである。しかし、朔馬の心には何かが引っ掛かったような変な感じが渦巻いていた。さっきの千景の言葉が何かを隠したがっているように思えたからか、それともどこか暗いように見える表情か。つまり言うところ、三人の調子とかなり差があるように見えたのだ。


「そーだおにーさん!千景の小学校時代の話聞かせてあげましょうか?確か小五くらいだったかな、もう五月だってのに誰とも話さない子がいてー」

「うわ懐かしー。それ、友達作るの苦手な子かと思って話しかけたらガチで友達作らない子だった、ってオチのやつ」

「明莉、要約雑すぎ〜」


 勝手に何かを話し始めたのを、止められるような隙はなかった。それ以上に、三人の話している話題は、どうしてか耳に入ってきてしまうのだ。


「大体合ってんだからいーじゃん。で、その子に満が話しかけに行ったんですよ。だって、ずっとぼっちじゃ可哀想でしょ?そしたら、『あなたと仲良くする気はないし、関わる気もない』ってあしらわれちゃったんですよー」

「でも満は優しかったから、次の日も、また次の日もめげずに話しかけに行って、やっと仲良くなれたんです」


 嬉々として語る様子は、側から見れば友人との良い出会いのエピソードかもしれない。しかし、さっきから何か違和感のようなものを覚えている朔馬には、新たに疑問が投下された。果たして、それは本当に仲良くなったと言えるものなのだろうか。そう考えてしまうくらい、何か大事なところが意図的に省かれたように思えたのだ。


「ねー、千景?」


 千景の肩が異常なまでに大きく揺れる。そんな様子が、朔馬が抱く違和感を更に大きくしていった。思えば、三人と会ってから千景は殆ど口を開いていない。それに、どこか一歩引いているような気もする。ノリについていけない、などではない。あれは寧ろ…


「私、何も間違ったこと言ってないよねー?」

「…っ!」

「ちょっと千景!」

「千景ちゃん⁈」


 気付いた時には、千景は既に朔馬の隣を走り抜き去って行っていた。髪で表情はよく見えなかったが、小さく溢された声は何かを飲み込んで耐えているような音だった。


「あーあ、逃げちゃった」

「結局逃げるんだねー」


 千景の背が見えなくなり、思い出したように満達の方を見ると、その表情は氷よりも冷たいものであった。退屈そうな声と、どこか笑うような音。さっきまでとはまるで違う態度に、何が起こったのか分からないと混乱していると、三人は「じゃ、帰ろー」と背を向けた。それがまた朔馬の違和感を最大値近くまで引き上げた。


「あの…!皆さん、本当は何者なんですか?」


 気が付いたら、本能でそう尋ねていた。だってこのままでは靄が消えない。


「だから、昔の友達って…」

「友達なら…!話の途中で急に逃げたりしないし、そもそもあんな顔しない。皆さんと千景ちゃんは、友達と呼ぶには不自然だ」


 思っていたよりも言葉が出てくることに、朔馬自身も驚いていた。そして、声に表したことで胸の中でぐるぐるとしていたものが一本の糸のようにピンと張る。違和感の正体が明瞭化され、これまでのことと沢山結び付く。

 しかし、満の口から飛び出たものは朔馬の尋ねたこととは全く違う、いやある意味では正解に近しいものかもしれない言葉であった。


「それって、あなたの偏見ですよね?」

「⁈」

「いーよ満、もう行こー」

「ま、この辺りにいるって分かったし、今日はもう十分ね」

「あ、ちょっと!」


 朔馬が再び声を掛けるも無視され、残ったのは一つの疑問だけだった。千景と、あの三人との関係。これまでのやり取りから決して良いものではないと分かるし、最悪な展開も考え得る。しかし、このまま見て見ぬふりをすることは絶対にしたくなかった。それは、千景を見捨てることと同意義だから。


(直接聞くしかないか…)


 正直、千景が素直に話してくれるとは思っていないが、それは一度尋ねてみないと分からないので、とりあえずマンションに向かって走り出した。

 しかし、考え事をしながらというのはかなり危険で、曲がり角にいた人影に気付かずぶつかりそうになってしまった。


「す、すみません…って、怜世ちゃん?」

「朔馬くん!」


 紫色の美しい瞳と髪は、古閑家の長女・怜世であった。


「私の方こそ、ごめんなさい。それより、今日は一人なの?」

「いや、千景ちゃんと二人で帰ってたんだけど、さっき小学校の時の友達?って言う人達と話してたら急に駆け出して行って…」


 朔馬と千景が共に帰っていることは、兄弟姉妹の周知の事実のようなものである。なので、朔馬一人で下校していることを尋ねるのは別に何も不思議ではないのだが、朔馬が事の一部始終を話すと、怜世は納得するように「そっか」と小さく呟いた。


「実はさっき走っている千景を見かけたの。声、掛けたんだけど、そのまま行っちゃって…その時の顔が、なんだか泣きそうだったから心配で…でも、そうだよね。今すぐ離れたいよね」


 朔馬に話しているようにも、自分を落ち着かせるためにも言っているような怜世の言葉に、朔馬はハッとした。怜世なら何か知っているかもしれない、と。


「あのさ、怜世ちゃん。小学校の時の友達っていう人と千景ちゃんの間に何があったのか、知ってる?もし知ってたら、教えて欲しいんだ」

「……」


 怜世は黙ってしまったが、ちらちらと朔馬を見るのは迷っているからだろうか。それほどこの一件が大きく、深いものなのかはその仕草だけで分かった。


「いや、無理にとは言わない。話してくれなくても全然…」

「ううん。かなり迷ったけど、朔馬くんには話すよ。千景はきっと話さないと思うしね。…少しだけ、長くなるけど大丈夫?」


 怜世の言葉は一つ一つに強い芯を感じた。それは、大切な妹の一番触れて欲しくない、弱い部分を全く関係のない人に全て話す覚悟の表れでもあろう。

 硬い紫水晶のような瞳を強く見つめて、朔馬はしっかり首を縦に振った。

お読み頂きありがとうございます。

良いですね、不穏な予感がします。(全然良くない)

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