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気さくなマネキン人形に微笑みつつタブレットをバッグから取り出し説明を始める。何も珍しくないケーキとコーヒーは絵里を喜ばせることはできない。説明する順番を考える。ハンスは賢いのか阿保なのかまだわからない。モデルだったという知識は絵里を不安にさせる。
しかし全くと言っていいほど偏見というものはない。絵里はただその人に合わせた説明がしたいだけだ。時間を節約し無駄な努力はしたくない。
「Who are you? あなたは誰?」
「え?私・・エファージュの藤村です。」
やはり阿保のほうなのか。マネキン人形だから仕方がない。
「それは聞いたけど、あなたのこと何も知らないから。何しているの?」
「あぁ、宣伝広報です。一応デザインダイレクターで、ブランディングのために撮影からすべてチェックします。出来上がった広告をチェックするだけじゃなくて作るところから、スケジュールから全部管理してます・・・」
「仕事じゃないときは何するの?日本の人って何するの?」
目の前の小柄な絵里はリスが木を駆け上がるように話す。ハンスは最後の一口をゆっくりと舌で押しつぶしアールグレイを流し込む。絵里に聞きたいことが次々と浮かんでくる。ジパングに紛れ込んだ海賊のような気分が楽しい。
「スポーツしたり、映画見たり、人によっていろいろじゃないかしら。」
これは早く仕事を進めたほうがいい、お尻の決まったプロジェクトだから早めに進めよう。絵里は自分の力で引っ張ったり、止まったり、制御できる仕事が好きだ。全能の神のように海も二つに分けられる。
「じゃあ今日はこれで。明日からよろしくお願いします。朝ホテルにお迎えに来ますから。」
「今夜、絵里を夕食に招待したいんだけど、どこかレストラン予約してくれないかな。どこがいいかわからないから。明後日から僕のアシスタントが二人来るから。」
「え、あ、はい、聞いてます。わかりました。後でお店をメールします。」
「じゃ、あとで。」
190センチのマネキン人形は絵里の三倍の歩幅で人込みに消えていった。ビジターとの食事会はいつものことだし慣れている。絵里はこの前使った神楽坂の日本料理屋を予約する。河田も誘うべきか。でも今日の今日だし、それにもうこれから会社に戻る予定ではなかった。絵里は早めに帰宅して大仕事を片付ける予定を組んでいた。