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ハイアットのロビーは鼻持ちならない気障な男のようで絵里のお気に入りの場所だ。全体の空間の色を邪魔しない勢いで豪華な花があちらこちらに飾られている。そこに咲くことが初めから決められていた花たちが美しさを誇っている。岩の隙間から光を求めて伸び出す花の強さはないけれど、生を知り尽くした強さがある。だからこそ美しい。
ロビーの隅の真っ赤なソファに長い足を組んで座っている金髪の人がいる。きっとハンス・ピーターセンだろう。そう思いながら一応ロビー全部を探す。他にそれらしき人はいない。諦めて近づく。
「こんにちは。エファージュの藤村です。初めまして。」
「初めまして。よろしく。コーヒーでも飲みますか?」
金髪、白い肌、長い手足、皮膚のような生成りのスーツ、世界を征服した自信、無精にみせる整えられた髭。絵里はマネキン人形に日本人らしく微笑んで、
「そうですね、コーヒー飲みながらスケジュールをご説明します。ラウンジでいいですか?」感じよく答える。
「せっかくだから外に出たいんだけど。日本は初めてなんで。構いませんか?」
「ええ、いいですよ。」
目。青い目。硝子の瞳からは何が見えるのだろう。自分とは違う世界で生きていると絵里は確信した。白い砂の上に満ちる海が浅くなり容赦ない太陽の光を通して薄くされた青がハンスの目の中で光を保っている。黒い瞳と同じ世界が見えるはずがない。ハンスの英語は聞き取りやすく、妨害電波を発せずに絵里の中にすんなり入ってきた。思ったより物腰の柔らかいマネキン人形に安心してホテルのロビーを出る。
ハンス・ピーターセンが選んだのはよくあるチェーンのコーヒー屋。ハンスはエジプトの壁画より難解な象形文字に囲まれて、子供の時のマルメの遊園地にまた来ていた。それ以上に不可思議な街に迷い込んだようだ。
「ケーキとか食べます?」
桜の季節限定のケーキをデンマーク人に振る舞うべきかと真面目な日本人は考える。
「食べる、食べる。甘いもの好きなんだ。コーヒー飲めないから紅茶にしてくれる?」
ハンスは日本のすべてを吸収するつもりだけれどコーヒーは眠れなくなるから飲まない。運ばれたケーキには桜のつぼみが乗っていて抹茶とピンクの層が小さな日本庭園を思わせる。
「んんん、美味しい。食べないの?」
「ありがとう、どうぞ召し上がれ。」