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終の人  作者: 百島圭子
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最終回

『あなたが私の小窓に現れてから三十年が過ぎました。あなたと過ごした数か月を胸の中で燃やし続けてここまで生きてきたけど、もう炎も燃え尽きる時がきたようです。』


三十年も経っていた。十代で死ななくてよかったけれど突然五十近くになっていたエリザベートに初対面の絵里はどう声を掛けていいのかわからない。どういうことだろう。エリザベートはもうすぐ死んでしまう。ヘンドリックは傍にいるの?寂しいの?エリザベート、あなたは三十年をどう過ごしたの?幸せだったの?


『私の選択は誤りではなかったとあなたにも思ってほしい。ただあなただけを生涯愛し続けることができたことは幸せだと思ってほしい。小窓にはあなたはもう現れなかったけれど、いつかあなたを見つけるのではないかといつもどこかで信じていた。絶対に現れないとわかっていたけれど。あなたをこうして一生愛せたことが私の幸せでした。そう言わせてください。

あなたの名前を最後に唇に言わせよう。ヨハネス』


 最後の文字を訳し終えて絵里は胸の奥に漂う波が収まるのを待った。水鏡は絵里を真っ直ぐに映し出す。この家を出なかったということはヘンドリックと結婚しなかったのだ。ここで三十年を過ごして五十になる前に亡くなったのだろう。


私が寝起きするこの家で。三百年も前の骨董品の愛がここでまだ息をしている。肌に沁み込んでくる。エリザベートは台所の小窓から毎日外を見ている。


探している。待っている。


決して登場することのない登場人物を見つけようとしている。小窓の前に立ち尽くすエリザベートは絵里の問いかけに振り返りもしない。


ただひたすらに外を見つめている。


ヨハネスを愛し続けて後悔など微塵もなく、一人この世を終えて旅立っていったのだ。エリザベートの潔さが凛と背筋を伸ばして絵里の心に映し出される。


絵里の涙で波紋ができても必ず水面は何にも侵されることない鏡に戻りエリザベートの選択を浮かび上がらせる。絵里は振り向かないエリザベートがきっと微笑んだ顔で佇んでいると信じた。エリザベートの頬は薔薇色に瞳は瑠璃色に必ず輝いていると信じた。


そうであってほしい。そうでなくてはならない。


 ありきたりだけれど今ならわかる。愛するために生まれてきた。愛すればいい。ただ愛すればいい。愛は生きている。ここにいるということは愛があるから。ここにいるのは愛するため。愛しなさい。ひたすらに愛しなさい。迷うことも、躊躇うことも、止めることもない。愛を止めない。


本当の愛ならば尽きることはない。枯渇する愛はない。この体で生きている限り、愛を放とう。愛は源から溢れてくる。枯れることは絶対にない。恐れないで。愛することしかできないのだから。それでいい。


愛して


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