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終の人  作者: 百島圭子
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結婚できない宗教なのか。信仰とは何なのだろう。神様は本当に結婚するなとかしろとか指図するのだろうか。絵里は自分の神様があれこれ指示をしてこないことに感謝した。


いや、いっそのこと神様に禁じられたら素直に悲しみに沈んで行かれたかもしれない。みすみす愚かだと自分を蔑みながら足掻く醜態を晒すこともないだろう。愛する心の自由を奪い去ってほしい。身動きが取れないほどきつく心を縛り上げて血が止まってしまえばいい。血が流れなければ痛みも苦しみもないだろう。


絵里は神様に祈る。ハンスへ愛が届くようにではなく、手に負えない唸る心を握りつぶしてください、と。エリザベートの絶望が悲しい。諦められたのかしら。苦しんだのかしら。この後どう生きていったのだろう。


『ヘンドリックは私に夢を語る。新しい家、新しい商売、新しい家族。彼の瞳はきらきらと力強く容赦なく私の中に入って来る。彼に愛され守られたら幸せだろう。

一生を共にし一人を愛し続ける。お母さまのように。私にできるだろうか。』


ヘンドリックはいい人のようだ。絵里は少し安心した。エリザベートはヨハネスに見切りをつけてヘンドリックと結婚すればいい。高校の友だちを慰めて一人前の恋愛論をぶっていた昔の自分を思い出す。人生なんてそんなものよ。きっとエリザベートの年齢や立場では結婚するしか選択肢はないだろう。生きるための結婚をするのだ。でもそれでエリザベートが幸せなのか、絵里は頭で考える愛をエリザベートに押し付けられない。彼女の幸せは彼女にしかわからない。


『今朝は濃い霧が小窓に溢れていた。ヨハネスの最後の場面に気取った演出だ。次の幕でも登場しないだろう。霧の中で彼は涙を浮かべていたのだろうか。顔はこわばっていたのかしら。それとも晴れやかだったのかしら。


小窓にはもうヨハネスは登場しない。どんなに待っても。


小窓から枯れ葉が風に巻きたてられるのが見える。意思もなく飛んでいく。留まることもできず、思うところにもう行かれない。』


台所の小窓から見える教会には大きな木が一本植えてある。青々と茂っていた葉がいつの間にか一枚も見えなくなっている。冬支度だ。ヨハネスは行ってしまった。もう会えないのかしら。絵里は台所に立ち尽くし、枯れ葉が意思を持ったように通り過ぎ消えていくのを無心で見ていた。携帯電話もWhatsAppもない時代の別れは消滅に等しい。二人の運命のつなぎ目は解かれてしまったのだろうか。ほどけた糸は風に舞い、離れていくだけだ。


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