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終の人  作者: 百島圭子
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よかった。読書好きの絵里でも本の主人公にここまで思いを重ねたことはなかったのに、心から安堵した。エリザベートの想いは通じたのだ。自分のことのように嬉しくなって一人白ワインを開ける。神父なら浮気しないだろうし、きっと若い二人は幸せに暮らしていくのだ。羨ましいというより安心した。


若いエリザベートに幸せになってほしかった。赤の他人で三百年も前の人だけれど、本当にここで生きていた人。ただ幸せになってほしかった。自分の分まで。ここに本当に生きて暮らしていた人だからそう思うのかわからない。みんな幸せになってほしい。幸せであってほしい。自分にはかなわないことだと思っているからだろうか。絵里には自分の心が掴めない。 


 オランダにいられるのもあとふた月余り。産休明けの同僚のために引き継ぎ書を作り始めた。育った町へ帰る。家々が隙間なく立ち並び、張り巡らされた電線で切り取られた小さい空、アスファルトで覆われた町。オランダでの一年を懐かしみながら日本で朽ち果てていくのだろうか。もう終わりたいとも思う。十分生きたような気がする。


 スティーブンの愛は優しく温かい。優しければ優しいほど絵里の心は擦り抜けて遠ざかる。愛されるということがわからないのかもしれない。愛されたことのない心は逃げるしか術を持たない。公然とした時間の終わりがスティーブンへの都合のいい言い訳になる。愛していないわけではないが愛され方がわからない。帰国の日が近づくほどに絵里の心は凪になる。この瞬間も過去にしまいこむ。もう体温をやっと保つ程度の熱しかない。


変わらずハンスの連絡を心の隅で小さく蹲って待ち続けている自分が哀れでならない。絵里は途切れた糸が決して再び繋がることはないとわかっている。蹲る小さな自分を燃やし尽くすには絵里自身を終わらせるしかないこともわかっている。だから諦めて朽ち果てる自分を眺めているしかないのだ。もう静かに眺めていられる。何もいらない。疲れた。


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