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河田からのメールを見てスケジュールを組み始める。やることが一度にたくさんあると他のことを考える余裕を喪失できて絵里は嬉しかった。
ハンス・ピーターセン。デンマーク人。ヨーロッパでは賞も取っているようだ。ウィキペディアに情報がこれ程載るのだから海外では有名なのだろう。
「絵里さん、見てますねえ。」
斎藤はオフィスをひらひらと舞ってはよく絵里の机に止まる。
「この人、今度のカタログの写真撮る人。」
なぜ自分に止まるのか絵里は不思議な蝶をいつも持て余す。
「イケメンですよね。もう四十近いけど。ずっとモデルやってて最近カメラマンになったらしいですよ。」
「だからこの年で新人なんだ。もう随分調べてるじゃない。」
「イケメンには嗅覚が働くんですよ。絵里さんいいなあ、三週間一緒でしょ。でも芸術家だから変わり者かも。」
「そうねえ・・どうでもいいわ、仕事だもん。仕事、仕事。」
「この際、不倫とかどうです?私、口は堅いんで大丈夫ですから。」
「何が大丈夫なのよ。もういいから早く先月のデータまとめたのちょうだい。支店ごとのやつ。」
蝶を追い払うにはこの手に限る。
「はーい。あ、それ、マカロン、私の差し入れです。食べてくださいね。」
ハンス・ピーターセン。絵に描いたような白人。彫刻みたいだ。タイプじゃない。企画書の縁をいじりながら絵里は我に返る。何を考えているのか、毎朝、橋が落ちてこないように、絵里を包む空気は動かない。力づくでこの重力を切り離したい熱に駆られる。離婚する。いつ話そう。