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いつもの土曜日。ヤンの店には数人のお客が熱心に古道具や古本に見入っている。変わらない古い空気の匂いに絵里は安らいだ。
店の隅に飾られた木箱は長財布くらいの大きさで高さが五センチくらい、アールヌーヴォーのデザインのような草花が彫り込まれている。おそらく緑で塗られていたのだろう。ほとんど塗料は剥がれ落ち深い溝に少し緑の名残が見られる。蓋は開かないけれど箱として使うより彫刻として飾っておくほうがいい。もう十分仕事はしてきただろう。
「綺麗でしょう。三百年くらい前の書箱だよ。そのデザインが流行ってた頃だから。」
ヤンはいろいろと当時のことを説明してくれる。十七世紀のオランダの繁栄、貿易、貴族、商人、教会。絵里は自分の住む家と同じ年齢の書箱に急に親近感がわいてくる。滅多に衝動買いなどしない慎重さが骨董品屋ではみつからない。
「高いんでしょ、この箱?」
「120で売ってるけど、絵里なら100でいいよ。」
三百年前の書箱が100ユーロ。絵里には相場がわからない。そんなに珍しいものじゃないのだろうか。しかしなぜか惹かれる。
「もらってく。」
「じゃあ、このボタンおまけだよ。好きなの持っていって。」
「ありがとう。」
絵里はボタンが山盛りにされた器から木でできた一番大きなボタンを手に取った。誰のコートについていたんだろう。オランダ人?長年ご主人様のコートに寄り添って、終焉を得体のしれない東洋人の手の中で迎えるとは・・数奇な運命に心を馳せる。
書箱のステージを部屋のどこかに見つけなければならない。家の中心に鎮座してもらうことにした。おそらく暖炉があったであろうリビングの壁には旧暖炉の上に板が張り出している。すでにいくつかの植木が自分の居場所として主張しているが、その間に置くことにした。蓋の美しい彫刻が見えるように立てかけてみた。
本当にこの蓋は開かないのか。絵里の好奇心はナイフを持ち出して書箱をこじ開けようとする。絵里の慎重さは箱を傷つけることを恐れる。無理やりナイフを当てたら確実に箱に傷がつく。ヤンだって試したに違いない。開けたら売り物にならなくなるからきっと止めたんだ。絵里の好奇心はどうせもう自分の物なんだから壊れたってどうだっていいじゃないかと急かす。最後は合理的な絵里が采配を握り、書箱は傷を負うことになった。




