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終の人  作者: 百島圭子
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エファージュの画像が巷でどう動いているのか調べる。帰国まであと数か月。そろそろ産休明けの引継ぎのためにこれまでの動向をまとめておきたい。


絵里はネットを操っていく。大量の家具の写真のなかに人物の写真が混ざっている。写真の下には「ハンス・ピーターセンとパートナーのソフィア」の文字。


体が視覚だけを残して崩れ落ちて消滅していく。これまで避けて目を向けないようにしていたのに、突然現れてしまった。嫉妬と言うのだろうか。鳩尾から食道に熱い塊が転がって藻掻いている。


痛い。こめかみから熱が上がって耳の後ろから食道に入っていく。二つの熱が喉で一つになって燃え上がる。心臓が炎に包まれる。体がこんなに反応しているのに頬の筋肉は一筋も動かない死人だ。瞼を閉じたいのに閉じられない。


ソフィア。すらりとした長身にシャンパン色のロングドレスが似合っている。巻かれた金髪が輝いて見える。あのハンスの手を握って歩き出す。


 どこかで予感していたのに実際に目の前に突き付けられて絵里は瞬時に粉々になった。ようやく動けるようになってきた指先を使ってはじけ散った自分の破片を拾い集める。ただパソコンをクリックした指を恨む。


 前の恋愛の傷が癒えないからまだパートナーはいらない、付き合える心境ではないと真面目そうに話していたハンスが蘇る。絵里とは気まぐれに付き合っただけ。黒い瞳が珍しかっただけだ。終わりのわかっている観光客の遊び。納得させたはずなのに本気で愛されたのではと期待した可哀そうな自分を憐れむ。馬鹿な自分を罵る。飛び散った欠片を拾う。


美しいパートナーを見せつけられて粉々になった細胞はまたひとつに集まって形作られると飽くことなく亡霊への愛を誓う。繫ぎ目となった無数の傷に血が滲む。どこまでいったらハンスへの想いは止むのだろう。自分を持て余す。あてにならない約束をひたすらに待っている。絶対にボートに乗ることなどないのはわかっているのに。


 もうハンスから連絡がないことはわかっている。そしてどこかでひたすらに待っている。愛であったのだと可哀そうに信じている小さな絵里がいる。消えていかない想いを文字にして弔ってやろうと手紙にしてみた。気持ちを洗い流して先に進みたい。愛されていないことを自分にわからせるのだ。手紙は自分を蔑み、ハンスを悪魔のように書き立てた。


文字はどす黒い静脈血になり体中の血管を流れる。やがて美しい芥子の花は阿片になって絵里の全身を巡り恍惚とさせた。愛を憎しみに変えて味わう。憎悪は骨の中まで染みとおってひととき楽園に連れて行ってくれた。冷たい現実に戻りたくない。絵里は何度も読み返す。


愛する人をなぜ憎んでしまうのか。

濁って醜い愛はどす黒い静脈血になって全身を満たす。

その恍惚から逃れるのは難しい。

愛憎の意味が長いことわからなかった。

Body & Soulを歌うとき

Billie Holidayのように言葉と言葉の間が埋められなかった。

でも今ならやっと空白を表現できる。


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