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曇りの日が多くなった。ここ一週間、いや十日はお日様を見ていないのではないか。このまま梅雨に入ってしまうのかもしれない。初夏の勢いを感じる間もなく恐ろしく暑い夏がやって来るのかと考えただけでめまいがする。
デンマークは夏と言ってもたいした暑さではないのだろう。ハンスが絵里からいなくなることはない。いつでもどこにいても絵里の髪にハンスの手があり、背中にハンスの胸がある。
絵里は引っ越してもまだ開けていなかった夏物の入った段ボールに手を付ける。こんなことをしていると休みの日はすぐに消えてしまう。仕事と家の雑用で擦り切れる消しゴムだ。小さくなって捨てられるのかしら。妙な想像をしてため息をつく。
携帯電話が呼んでいる。WhatsAppにハンスの文字が浮かんでいる。
「今実家に帰っているんだ。子供の時の部屋にいるよ。変な感じ。」
ハンスは自分が気弱になっていることが不思議だった。ちょっと体調がよくないことなど珍しいことではないのに。
「もう夜中の三時じゃない。大丈夫?寝られないの?」
絵里の朝十時はハンスの夜中だ。ハンスはいつも絵里といるからハンスの生きている時間がわかる。
「久しぶりに熱が出て。たいしたことないんだけど。」
「大丈夫?私が傍にいられたらね・・」
「うん・・・時計の音が昔と変わらないんだ。聞こえる?」
「・・・うん、聞こえる。柱時計?大きい時計みたい。」
「だろう、でも全然大きくないんだ。音だけが大きいんだよ。古いのにまだちゃんと動いている。」
「・・・・・」
同じ音が二人を繋いで同じ空間を生んでくれる。
「ごめん、じゃあ、寝るよ。お休み」
「お休み、ゆっくり休んで、お大事に。」
なぜ絵里に電話したのかハンスには明確な理由がわからない。布団をかぶって熱い足先を外に出す。冷たい空気が足の熱を冷まし静かに眠りに落ちる。
少しの間でもハンスと共有した空間を取っておきたかった。ハンスの中に自分はいるのか。私はいつもそこにいるのだろうか。自分の中にいつもいるハンスに絵里は尋ねる。




