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「シンカンセン・・・シンカンセン・・・」
先に現実に引き戻されたのは絵里だった。寝言?ハンスの謎の言葉に目覚めて寝顔を見つめる。初めて乗った新幹線のことだろうか。ゲームの下手なハンス少年の肩に小さなキスをしてまた目を閉じる。幸せというものがどういうものだったか、体の中心に今感じられるものがそれなのかもしれない。絵里は幸せが消えないように固く抱きしめた。
「がぁーごぉー・・・がぁー」
今度は何?絵里は元いた世界に戻る前にまた現実に降りてきた。いびき?こんなに整った顔からいびきが聞こえる。合成された映像と音声のようでおかしい。起こされたのに怒る気はせず早朝にシャワーを浴びる。絵里は後悔ではなく暖かいシャワーを浴びた。
シャワーから出ても小さな恐竜は唸り声をあげている。そろそろ起こさないと今日も予定が詰まっている。ハンスの髪を撫でながらこめかみにキスをする。
「いけない、寝ちゃったよ。どれくらい寝た?えぇもう朝?」
「そんなに焦らなくていいけど、9時に迎えの車がくるから。」
絵里の胸元に唇を寄せ小さなキスを返すと脱いだ洋服をかき集めてハンスは裸で部屋を出ていこうとする。
「駄目よ、洋服着なきゃ。」
「大丈夫だよ、隣の部屋なんだから。」
「でも誰かいたらどうするの?」
ハンスはドアのレンズから外を確認し、静かにドアを開けると一気に走り出して誰にも見られずに自分の部屋に辿り着いた。洋服を抱えて焦る裸の後ろ姿が元モデルとは到底思えない。コメディ映画の一シーンは朝から絵里を笑わせてくれた。こんな朝が自分に訪れるとは。絵里は髪を乾かしながら色のない生活を思い出した。
「楽しい夜だったね。」
ハンスは壁一枚隔てただけの絵里にテキストする。シャワーを浴び髭にハサミを入れる。
「魔法のような時間だった。マジシャンはどこに行ってしまったのかしら。」
ドアを閉めた瞬間からもうすでに絵里はハンスが恋しかった。
「ここにいるよ。今、迎えに行く。」




