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金沢の夜景を後にタクシーに乗る。ホテルには十分程度で着いてしまう。ハンスはもっと絵里のそばにいたかった。ただそう思った。絵里との時間を終わらせる勇気がない。絵里は自分の部屋の前に着くとドアを大きく開けた。何か言いたげなハンスの顔の前で絵里はドアを閉められなかった。
「見て。夜景がすごく綺麗。」
絵里は部屋の明かりをつけずにそのまま夜景に向かった。二十二階の壁一面の硝子窓の外には港の光が揺れて見える。東京の明かりは空まで照らすがここは夜空が夜空である。真っ暗な空に月が穴を開けている。
暗黒の海にホタルが浮かぶ。漁船だろうか。月から黒い海に白い塗料がこぼれている。ハンスは絵里の肘から手を滑らせて指を絡める。硝子窓を背に絵里の両手を握りしめて抱き寄せようとしてみる。
「顔が真っ暗で何も見えないわ。」
「僕は見えるよ。」とハンスは絵里と入れ替わり外の光が彫刻の顔を際立たせる。絵里は甘い日本酒のため息をつき、
「マディソン郡の橋って知ってる?」と聞く。
「あぁ、知っているよ。」ハンスは悲しげな真剣な顔で絵里を貫く。
「あんなのは嫌なの・・・」
僅かに残った自尊心と慎重さを使い果たして、絵里はハンスの胸に額を寄せる。金沢のせいにするか、いつもは飲まない日本酒のせいにするか、絵里の頭は責任の所在にあたふたしている。でも心だけは真っ直ぐにハンスに向かっていった。もう止められない。止めたくない。心より先に体が惹かれる。
ハンスの大きな手のひらが絵里の両頬を包み込み、柔らかい唇が扉を開く。探し求めあう。ハンスの唇は絵里の耳から首筋をゆっくりと這っていく。月の下で交じり合う皮膚は境界を越えて通り抜ける。ハンスの息は絵里の耳から荒々しく爪先まで駆け抜ける。長い腕が絵里の背中を支えて華奢な体を地上に捧げる。
指先でも唇でも飽くことなくすべてを味わう。体の奥底から絵里はハンスを求める。求められるままハンスは絵里の熱に近づいていく。自分の熱を与えて熱はさらに大きく激しくなる。四肢が千切れていくような甘い痛みが背中を仰け反らせ絵里の長い髪が泳ぐ。
熱い痛みがいつまでも続いて欲しい。閉じた瞳の中でハンスを抱きしめる。形のない二人の熱が月に昇華していく。




