表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたの救世主  作者: 社容尊悟
第一章
8/99

 そちらへ顔を向けても、彼女は微笑みの一つもくれない。甘えをゆるさない姿勢を崩さない。

「さっさと火を消す準備をする! 他の人にやらせるな。あなたがやらないとダメ! 自分の尻は自分でぬぐうもの! ほら、ウジウジ悩んでないで、さっさとしなさい!」

 と言って、女性は敦也の尻をきつく叩いた。叩かれた箇所がじんじんと痛むが、背中を押すような、厳しい優しさがともなっていた。敦也は応援されているようで嬉しくなり、顔面蒼白がんめんそうはくの感情の死んだ状態から立ち直ることができた。

「え、でも……どうしたらいいのか……」

 しかし、敦也はいまだに混乱していて、何から始めたらいいのかわからなかった。頭の中は真っ白で、今は正に死地から生還したような戦士の気分だ。とりあえず、生きて還って来られて嬉しいとだけ、頭に浮かんでいるような、そんな感じだった。

 何をすればいいのか、教えてもらわなければわからない幼児のように、自己という存在が迷子になっていた。

「アホなの?」

「アホ……って」

「どこかから水もらって来ればいいの。そこに飲み屋があるでしょう? そこのご主人にバケツと水を貸してもらいなさい。土下座してでも頼まないと。お金がないなら、私が払ってあげるから。ほら見て。事故現場が凄いことになってる。一刻を争う状態よ」

 女性は例の現場を指差して、敦也に状況を掴ませた。立ち上る煙と炎。阿鼻叫喚あびきょうかんする人々。地獄絵図という表現が相応しい、だいだい色と灰色のグラデーション。混ざり合うのは、死の音色。

 いつの間にか、事故に無関係な野次馬がむらがっていた。何があったのかと興味津々(きょうみしんしん)に覗いて、携帯で写真を撮っている。ソーシャルネットワーキングサービスにでもアップロードするつもりなのだろう。やるべきことはそうではないのに、この状況を見てたのしんでいるのか。

 駄弁だべっている場合ではないと脳が判断したのは、それからだった。

「やべ……俺、やらないと。やらなきゃ。俺が……、みんなを助けなきゃ。俺がやったんだから、俺が悪いんだから、俺が頑張らないと、みんなが死……」

 自分に言い聞かすように、敦也はぶつぶつと呟く。そこまで口にして、敦也は言葉を呑み込んだ。言ってしまうと、現実にそうなってしまいそうな気がしたから。

 そんなのは、いやだ。

「今にも火が燃え移りそう。早く」

 女性は敦也をかすだけで、手を貸すつもりはないらしい。人命救助が最優先だというのに、彼女は敦也を立ち直らせることだけを考えているようだ。

 彼女は何かが見えているかのような面持おももちで、超然と腕を組んで仁王立ちしている。まるで――未来を見てきたかのように、恐るべき冷静さを保ち続けていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ