⑥
「…………れ! 走れ!」
見知らぬ誰かの声にハッとして、敦也は走った。がむしゃらに走ってレールを飛び越えて、元の場所に戻る。敦也に向かって来た車が他の車と衝突し、ガソリンに引火する。敦也のしょうもない自殺未遂のせいで、大事故が起きてしまった。
人々はパニックになり、叫び声が夜の街に木霊する。なんとか冷静を保っていられた人が車から出て救急車と警察を呼んだ。人目につくぐらい、手元や声が震えていた。突然の事故で、皆は何がなんだか理解できていないようだ。
もしかしたら自分がこうなっていたかもしれない……と恐怖で顔が青ざめている。誰もその場から動けなかった。逃げることも忘れ、事故現場を見つめることしかできなかったのだ。みんなの顔色が恐怖の色に染まっていた。恐怖の色に染めたのは……、
事故に遭った人はどうなったのか? 火災はどうなるのか?
敦也も口を開けて黙って見ているだけで、何もできなかった。足が竦み、肩が震えた。
――俺のせいだ……。俺が、俺がやったんだ……。
頭を抱えて茫然自失している敦也の肩を、誰かが後ろからいきなり掴んだ。
びくりと肩が跳ねる。罪悪感で苛まれる。
「あなたがやったのね」
敦也が振り向くと、女性が立っていた。
細く長く、整った眉。正義を振りかざす清浄な瞳。陶器のように白く、きめ細やかな肌。ついばむような桃色の唇。さらさらの黒髪。どこを見ても魅力的で、蠱惑的だった。目を見張るような、麗しい女性。目が離せないほどに、美しく凛としている。
目を逸らすことを拒むように、その瞳は真っ直ぐに怯える敦也を見据えている。物凄い剣幕と獅子をも射貫かんばかりの眼力に視線を吸い寄せられてしまい、息を呑むことも忘れる。
「それなら、責任取らないとダメじゃない。死者が出ていたら、あなたの責任。故意に事故を起こしたのよね? 警察に出頭しなければダメ」
「あ……あ」
まともに会話をすることもできず、覚えたての言葉を発する幼児みたいに声を絞り出す。
女性はこどもをあやすように、瞳に優しさを滲ませてから、また怒気を孕んだ目力で敦也を圧倒した。
「混乱しているの? そうよね。こんなことになるなんて、思ってなかったんでしょうね。あなたみたいな人がいるから、事故が絶えないのよ。わかる? 人身事故っていうのは、他人の迷惑を考えない人間が起こすものなの。他人を巻き込みたい死にたがり野郎がやること! 死ぬなら勝手に死ねばいいのに。他人を巻き込むな」
少々辛辣な言葉を並べて、女性は敦也を叱咤した。彼女の言葉を聞いて、敦也は自分がしてしまったことの重大さを思い知った。
自分のくだらない妄想が、周囲の人物を巻き込み、思わぬ大事故に繋がってしまう――。
彼女の発した言葉の真意を、漸く冴えてきた頭で理解できた瞬間、敦也は泣きそうな顔になった。
「……っ」