来訪
「ようこそおいでくださいました殿下!」
侯爵邸の門前にて、家族と執事やメイド達総出で第一王子グレイン殿下を迎える。
お父様が挨拶する後ろで、私はにこやかに微笑み佇んでいた。
少しでも印象を良くしておかないとね。
ふと馬車から降り立った殿下と目が合うと、ふいっと逸らされてしまった。
こ、これは……かなり拙い状況なのでは?
目も合わせないとは、かなり私に嫌悪しているって事よね……。
「きょ、今日も可愛い……」
殿下が何かをボソリと呟いた。
よく聞こえなかったけど、まさか直接見る事で何かを看破したの!?
殿下のスキルについては当然の如く伏せられているが、もしも魔眼系のスキル持ちであれば私のスキルの概要を捉えていても不思議ではない。
私が表情に出さないように冷や汗をかいていると、殿下はお父様に向かって挨拶する。
「申し訳無い、侯爵。どうにも気が急いてしまって。早急な訪問に対応していただき感謝する」
「勿体ないお言葉です。私としても早い方がいいと思ってますので」
お父様は殿下の来訪理由を承知しているようだ。
しかも早い方がいいとは……?
もはや私の運命も風前の灯火という事なのだろうか?
応接室へ場所を移すべく、殿下を案内する。
その間も殿下は何やらブツブツと独り言を呟いていた。
まるでプレゼン前の新入社員のような様子だが、いったい何を呟いているのだろう?
殿下がいらっしゃるという事で急いで清掃された応接室は、窓からの光が差し込んでキラキラと輝いていた。
まるで天が何かを祝福しているかのようだ……。
天はいったい何を勘違いしているのだろうか。
これから私はスキルを暴かれて追放されるかも知れないのよ?
あ、急に曇って来た……。
「では殿下、この後は当人同士で」
「う、うむ……」
私と殿下が向かい合ってソファーに座ると、何故かお父様はお母様と一緒に私達を置いて部屋を出ていってしまった。
あれ?お父様は同席しないの?
って事は追放に関する話し合いじゃなくて、ただ普通に殿下が遊びに来ただけってこと?
まぁよく考えたら殿下は私と同い年。
いくら王族で将来国を背負う責任があると言っても、僅か8歳の子供に追放を宣告させるような事をする訳がないわよね。
なんか急に力が抜けたわ。
ほっとしたので、メイドのミーネが入れてくれた紅茶に口をつける。
そしてふと殿下の方を覗ってみれば、殿下は目を血走らせて私の方を凝視していた。
え?まさか、魔眼を使って私のスキルを調べているのかっ!?
なんてギラギラとした眼で見てくるのだろう。
一見するとただの寝不足のように見えなくも無いが、殿下からは何か覚悟のようなものも感じられる。
これは、まだ油断できないかも知れないわね……。
どうする?
後手に回るよりはこちらから動くべきだろうか?
いや、迂闊に踏み込んでボロを出しては拙い。
ここは相手の出方を待つか……。
「あ、ああ、アグリ嬢。きょ、今日はいい天気ですね」
いや、曇って来ましたけど……?
まぁ言い出しにくい話の時は、天気の話から入るものよね。
「そうですね。まだまだ日射しが強く、暑い日が続きそうです」
無難に返すも、膠着状態は変わらない。
何故か応接室から退出していないセヴァスとミーネの視線が、生暖かいのも気になるのよね。
子供同士の会話だと思って呑気に見てるのかしら?
今ここは戦場よ。
僅かな駆け引きに負けたら、私のスキルは白日の下にさらされて、追放されてしまうかも知れないのだから。
あっ、殿下の眼がいっそう赤みを増している。
どう見ても寝不足の眼だけど、また魔眼を使ったようね……。
でも、不思議と全く魔力の流れを感じない。
周囲に悟らせずに使えるスキルとは、なんとも羨ましすぎるわね。
私なんて普通に考えたら奇行としか思えないスキルのせいで、言い訳しまくってるんだから……。
しかし、じっくりと魔眼を使われるのも拙い気がする。
ここは会話の主導権を握るべく動く事にしよう。
「ところで殿下、いつになくお急ぎでの来訪でしたが、何かございましたか?」
これまでの殿下の様子から、恐らく追放とまでは行かずとも、私のスキルを調査する目的で来訪したのだと思われる。
しかし殿下がそれを正直に言える筈も無い。
さてどう返してくるだろうか?
すると殿下はすっと眼を閉じ、深呼吸してから言葉を発した。
「きょ、きょきょ今日は、だだだ大事な話があって来ました」
いつも殿下は私と話をする時は妙に言葉に詰まる様子を見せるのだが、今日は一段と酷い。
それ程の話とはいったい何だろうか?
スキルの調査を誤魔化すための方便だとは思うが、殿下の鬼気迫る様子はただ事じゃない。
まさか——攻撃される!?