入学試験
トウヤとアオイを助けてから数日が過ぎた。
生活用品を届けに行ったりして様子を見ているが、意外と快適に過ごしているようだ。
バス・トイレ完備だし、部屋数も多い。
時々夜中に牛が産気づいて起きなければいけないのが大変だと言ってたが、それ以外は悠々自適にやってるとの事。
ただ、外に出れないのは少しだけ不満らしい。
でも、あの追っ手らしき人達が諦めたかどうかも分からないし、王国の兵士なんかに見つかって身分証明を求められたら大変だ。
しばらく外出は我慢して貰わないとね。
何れ解決しなきゃいけない問題なんだけど、その為には北の帝国の動向を探る必要もある。
トウヤ達の話では、帝国は王国への侵攻も考えているとか。
それについては、トウヤ達の事は伏せてお兄様に報告しておいた。
訝しがられるかな?って思ったけど、割とすんなり話を受け入れて、警備の兵を増やすと言ってくれた。
でも帝国内を探るのは難しいとの事だった。
そして、今日は学園の入学試験がある。
とは言っても、貴族は無条件入学出来るので、はっきり言ってクラス分けの為に実力を見せに行くだけだ。
平民は普通に合否のある試験を受けるので、少々申し訳無い気もするが……。
私は朝一で、ずっと侯爵領に入り浸っているフランちゃんを迎えに行って、そのまま学園へと転移した。
学園自体は今日は休講日となっていて、入学志願者だけが来ている状態の筈だが、予想以上に多くの人が行き来していた。
どうやら試験の準備で生徒の一部が駆り出されているようだ。
校門前の受付に行ってみると、やはり学園の生徒らしき人達が、ぎこちない感じで受付していた。
「お名前を教えていただけますか?」
「アグリ・カルティアです」
「フラン・キリクです」
「はい。ええと……えっ!? カルティア侯爵家とキリク公爵家のっ!! し、失礼致しましたっ!!」
いや、何も失礼な事されてないけど?
どうやら準備に駆り出されている生徒の多くは平民らしく、高位貴族である私達を前にして完全に萎縮してしまっているようだった。
そんなんで受付できるのかな?
もっとも伯爵以上の高位貴族で今年入学試験を受けるのなんて数名だけだし、それを乗り切れば平気なのか。
護衛は学園に入れないので、一旦ここでお別れである。
ヴァンがもの凄く心配そうな顔していたので、
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。意外と過保護ね」
と言ったら、
「自分が心配してるのは、お嬢様がやらかさないかという事だけです」
とかぬかしおった。
変なフラグ立てるの止めてくれる?
係の人の案内に従って、私達は試験会場へと向かう。
どうやら、魔法系と格闘系で別れて試験を行うらしい。
系統は自己申告なので、私とフランちゃんは魔法系で試験を受ける事にした。
私は近接格闘の場合少々分が悪いので魔法系を選んだが、逆にフランちゃんは近接格闘だと相手を殺さないように手加減するのが難しいという事で魔法系にしていた。
フランちゃん恐るべし。
魔法系の試験会場に着くと、既にかなりの人数が集まっていた。
高位貴族の人は殆どが魔法系のようで、見た事ある人ばかりだった。
まぁそれ以上に、子爵や男爵等の下位貴族の方が圧倒的に多いけど。
そして当然だが、公爵令嬢メリアナ・アルビオスの姿もあった。
同い年だし、炎系の魔法を使ってたからいるだろうなとは思ってたけど、出来れば顔を合わせたくなかったね。
先日の王城での一件で睨んでくるかと思いきや、メリアナは不気味な笑みを浮かべてこちらを見ていた。
まるで悪者が何かを企んでいるかのように……。
あまりにも分かりやす過ぎて、逆に警戒心が和らぐんですけど。
いや、それが狙いか?
一応フランちゃんを守るように一歩前に出たが、フランちゃんが私の袖を掴む。
「大丈夫だよアグリちゃん。私はもう弱くないから」
それもそうか。
弱くないどころか、今のフランちゃんは同世代じゃほぼ最強クラスだろうし。
私が庇う必要なんて無かったね。
ちょっと寂しい気もするけど……。
暫く待つと、試験官らしい人がやって来た。
とても珍しい、前世のアニメでしか見た事が無いような三角形の眼鏡を掛けた女性だった。
細くて少し吊り上がった目で生徒達を一睨みする。
「私がこの魔法系試験を担当する、ホーディエです。よろしく」
短く挨拶をすると、三角眼鏡を指先だけでクイっと上げた。
語尾にざます付けてそう……。
なんて思ってたのが悪かったのか、ホーディエ試験官に睨まれてしまう。
「そこの貴方達」
明らかに私とフランちゃんを差している。
「貴方達2人は試験を受ける必要ありません。お帰りください」
ん?試験が免除された?
先日の王城の件が耳に入ってて、試験に使う設備を壊されたくないとかかな?
でも何でフランちゃんも?
「どうしたのですか? 試験官の指示に従ってください」
「は、はい……」
本当にいいのかな?
試験が免除されるなんて話、聞いた事ないけど……。
でも馬耳東風で聞き流していたお母様の小言の中に、そんな内容の話が含まれていたのかも知れない。
もしそうならヤバい事だ。
下手に試験官に逆らって、印象悪くなるのも良くないよね。
フランちゃんは訝しげな顔で試験官を見てたけど、私達は足早に試験会場を後にした。
それにしても試験免除なんて、裏から手を回してないと出来ないと思うんだけど、カルティア侯爵家やキリク公爵家がそんな事するかなぁ?
寧ろアルビオス公爵家みたいなとこがやりそうだけど……。
その時、ふとメリアナの不気味な笑いが、妙に頭に引っ掛かった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
試験終了後、試験官のホーディエと公爵家令嬢のメリアナは誰にも聞かれないように少しだけ言葉を交わす。
「ご苦労様。うまくやってくれて良かったわ」
「ありがとうございます。思いのほかあっさりと引き下がったので、少々拍子抜けしてしまいました。反論するようなら、杖も持たずに魔法系の試験を受けに来た事を指摘しようと思いましたが、その必要もありませんでした」
「あいつらは生産系スキルだから杖の恩恵が分からないのよ。でもこれであの2人は確実に0点で最下位のFクラス行きね」
「はい。間違い無いでしょう」
クスクスと楽しそうに笑うメリアナ。
アルビオス公爵派閥の教師であるホーディエは、恭しく頭を下げ続けた。