農奴契約
視界が一瞬で変わると、そこはUUFOの中。
「えっ!? こ、ここは……」
回復魔法を使っていた少女が驚いて周囲を見回す。
私は落ち着かせる為に声を掛けようとしたのだが、急に襟首を掴まれて後ろへ引っ張られてしまう。
「ぐえっ!」
声を出すどころか、蛙のうめき声みたいなものしか出なかった。
私を引っ張ったのはもちろんヴァンで、私と連れてきた2人との間に体を割り込ませて剣を構えていた。
「おかしな動きをしたら斬る」
その前に、私の首絞めた事に対する謝罪は?
状況が飲み込めない少女が回復魔法を止めてしまった事で、少年が苦しみ出す。
「うぅっ……」
「橙矢っ!」
慌てて回復魔法を再開する少女。
その動きを見て、警戒を強めるヴァン。
そのヴァンの尻に、強めの蹴りを入れる私。
「痛っ!?」
「ちょっとヴァン、せっかく助けてきた人達を斬ろうとしないでくれる?」
「お嬢様、敵かも知れないんですよ!? 警戒するのは当然でしょう!」
「敵だったとしても、私達を害せる程の力が残ってるように見えないわ」
こちらを攻撃してくるどころか、回復魔法の威力も弱くなっていってるし。
そもそも、どんな得物で斬られたのか分からないけど、少年の傷には回復魔法が殆ど効いてないように見える。
「ヴァン、回復ポーションは持ってる?」
「持ってますが、恐らくあの傷には効きませんよ。あれは一種の呪いです。上級の、しかも『浄化』も同時に行えるような回復魔法でないと治せないでしょう」
呪いなんて、よく一目で見て分かるよね。
ヴァンは意外と博識だなぁ。
でも、それどころじゃない。
きっと、この少女の回復魔法では治せないだろう。
それを分かっているのか、少女の目からは滂沱の滴が……。
その涙を見て、なんとか助けてあげたいと思ってしまった。
彼女の回復魔法がダメなら、
「王都の教会に……」
「それはダメです。他国の者を勝手に国内に招き入れた事が知られれば、お嬢様だけでなく侯爵家が罪に問われます」
上級の回復魔法を使える者なんて王都の教会ですら数が少ない。
この侯爵領内でそんな人材を探すのは無理だろうし、最上級の回復ポーションを持って来ても浄化までは出来ない。
急いで助けたはいいけど、最初から助からなかったって事なの?
少女が回復魔法の手を止めた。
諦めたのか——と思ったが、私達の方を向いて正座すると、その場で地に頭をつけた。
「何でもします!どうか彼を助けてください!!」
涙が硬質な床に落ちて跳ねる。
嗚咽を漏らしながらも、必死に懇願する少女。
まぁ何でもするというなら、何とかしましょうか。
「じゃあ、私と契約して農奴になってくれる?」
私が話しかけると、少女は顔をあげて挑むような目を向けてきた。
「彼を助けてくれるなら、奴隷にでも何でもなります!」
その決意、無駄にはしないよ。
と思ったんだけど、その声を聞いた少年は、呻きながらもこちらに抗議してくる。
「だ、ダメだ蒼……。頼む、奴隷には俺がなるから、彼女には何もしないでくれ……」
「いえ、私はどうなっても構いません。彼は私を庇って傷を負ったんです。私が奴隷になるので、彼を助けてください!」
あれ?なんか私が悪者になってきてないかい?
「お嬢様、この状況で奴隷契約はいくらなんでも非道過ぎますよ」
ヴァン、お前もか!
いや、ヴァンは農奴契約の事知らないからしょうがないか。
そこへヤンとマーが口を挟む。
「ヴァン兄ちゃん、奴隷じゃなくて農奴だから大丈夫だぞ」
「そうなの。農奴になってもお嬢様は無体な事はしないの」
ヤンとマーがフォローしてくれるが、農奴との違いが良く分かってないヴァンは困惑顔だ。
「心配する事は無いわ。農奴と言っても、私のやってる農業を手伝ってくれるだけでいいから。他の労働条件も特に無いし、割と自由に仕事してもらっていいわ」
「農業……ですか?」
ポカンと口を開けて呆然とする少女。
まぁ理解するのに時間かかるよね。
でも少年がまた呻き始めたから時間が無い。
「じゃあやるよ。私の契約を受け入れて!」
「は、はいっ!」
私が少女のおでこに手を当てて農奴契約すると、少女の全身が輝き出す。
あれ?こんなエフェクトあったっけ?
『農奴』だけでなく、『増強』も同時に使ったからかな?
「な、何これ……力が溢れてくる」
「あなたの回復魔法はブーストで強化されたわ。もう一度回復魔法を使ってみて」
「わ、分かりました!」
少女は慌てて少年の下へ急ぎ、深く抉られた腹部に手を当てる。
そしてもう一度、回復魔法を使った。
少女の手から黄金の光が溢れ出す。
それに当てられてか、傷口から黒い靄が飛び出してきて霧散した。
恐らく『浄化』が行われたのだろう。
そのまま、みるみるうちに傷口が塞がって行き、息も絶え絶えだった少年は、何事も無かったかのように回復した。
「え……? 苦しくない……。お、俺……助かったのか?」
何が起きたのか分からないというように、キョトンとして目を見開く少年。
その少年の首に、少女が泣きながら抱きついた。
「よがった……よがったよぉ……」
うんうん、えがったねぇ。
感動の光景に浸っていると、ヴァンが驚愕した表情で近づいてくる。
「お、お嬢様……いったい今のは何ですか? 農奴契約って……」
うーん、農奴について説明すると、私のスキルが『農業』だってバレちゃうからなぁ。
お父様達に報告されると困るし、どうしよう?