本会館
入学準備って何よ?
お母様にめっちゃ怒られたんですけど……。
制服がある訳では無いし、教科書も特に無い。
しかし、貴族の令嬢はお茶会用のドレスやら食器やらその他諸々の準備が必要らしい。
農具は買っちゃダメですか?
あ、ダメですか……。
いいもん、召喚すればいいだけだし。
学園には寮があるのだけど、貴族の令嬢には特別室が用意されていて、テラスや茶会用の部屋等色々備わっている。
私はあんまり茶会とかしないんだけど、淑女教育の一環で先生が訪問する事もあるとか。
め、面倒くさい……。
もしかして追放されて農民になった方が幸せなのでは?と少し思い始めてる。
そんなこんなで私は再びフェチゴヤ商会へと赴く事となった。
王都に転移すると、早速ヤンとマーに文句を言われる。
「お嬢様、急に頭の中に『スキルちゃん』とかいうのが話しかけて来てびっくりしたぞ」
「『スキルちゃん』に色々教わってサツマイモ栽培がんばったの」
どうやらスキルちゃんが遠隔でヤンとマーに指示を出してくれてたようで、侯爵邸に植えたサツマイモのお世話を頑張ってたみたい。
「よしよし、2人ともありがとうね」
頭を撫でてあげると、嬉しそうにふさふさの尻尾を左右に振っていた。
ヤンとマーを連れて、私はフェチゴヤ商会へと向かう。
今回から何故か、セヴァスは護衛につかずに、侯爵領からヴァンが付いて来て私の専属護衛となってしまった。
確かにセヴァスには色々と仕事があって忙しいというのは分かるんだけど、何故ヴァン?
学生時代は王都にいたから、私の入学の話を聞いて懐かしくなっちゃったのかな?
まぁ別に不満がある訳じゃないけど……。
暫く王都内を軽トラで走る。
大型のトラックにはロボの残骸が載っているので、現在異空間にしまってある。
本当は軽トラを出すのも、ちょっと躊躇してたんだけどね。
なんせロボがあるって事は、私と同様に前世の知識を持つ者がいる可能性があるという事だから。
でも散々王都では乗り回してるし、今更かな?とも思ったから開き直った。
程なくして王都の商会の中でも一際大きい、フェチゴヤ商会の本会館へと辿り着いた。
前回行った奴隷商館とは別の建物である。
本会館は何でも揃っているいわば百貨店らしいので、そこで色々揃える事になった。
事前に伺う旨は伝えてあったのだが、今回はワルダノゥ・フェチゴヤ商会長は不在という事で、商会長の娘さんであるイロハさんが対応してくれる事になった。
丸縁眼鏡を掛けて黒髪を後ろで結び、いかにも商人って感じの女性だ。
「ようこそ来はりましたアグリお嬢様。お会い出来る事をホンマ楽しみにしてましたわ」
微妙に関西弁のように聞こえるけど、気のせいよね?
「それが噂の搭乗型ゴーレムでっか。白って聞いてたけど、ピンク色でんな〜」
何か含みがあるような言い方で、軽トラをじっと見つめるイロハさん。
何だろう?とっても嫌な予感がするんだけど……。
「これ、ワテも運転できまっしゃろか?」
「あ、それは無理です」
「ほんまに〜?」
この人、まさか本気で軽トラ狙ってるの?
身内にですら躊躇うのに、今日会ったばかりの人になんて絶対譲らないわよ。
っていうか、今『運転』って聞こえたような?
この世界でその言葉を使う人っているんだ……。
「まぁそれは追々にしまひょ。ほな、ご案内しますぅ」
イロハさんに案内されて商会の本会館の中に入った。
色々な商品が並んでおり、多くの人で賑わっていた。
私は奥の個室に通されて、カタログのようなものを見せてもらう。
「貴族のご令嬢は皆さん、この時期に買いに来はるんです。なので早う予約せんと、良いのが無くなってしまいますんで、ご注意ください。アグリお嬢様は茶会道具をご所望という事なんで、こちらからお選びください」
「ありがとう」
順にカタログを眺めていくが、私は特にこだわりは無いのでトントン拍子に決まっていった。
そしてドレスも数着注文して、早々に買い物を終わらせてしまった。
早く侯爵領に戻って稲刈りしたいからね。
「あぁそれから、学園入学に当たってアグリお嬢様に必要なもんがありますねん」
「あら、何かしら?」
「ちょっと護衛の方々がいる所では言い辛いんですが……」
何だろう?護衛がいると言い辛い事なんてある?
「できれば2人きりでお話したいです」
「それは承服しかねます」
ヴァンがイロハさんの提案を突っぱねる。
護衛としては当然の事だ。
でも入学に当たって必要なら聞いておかないとよね。
「ヴァン、大丈夫なので部屋の外で待機しててくれるかしら?」
「し、しかしっ!」
「問題無いわ。私のスキルの強さは知ってるでしょう?」
何か魔導具を使われたとしても、私の農奴スキル『金剛』はそう簡単には破れない筈だ。
そもそも目の前のイロハさんの魔力はかなり弱い。
貴族と比べるのがそもそも間違ってると思うけど、多少強力なスキルを持ってたとしても後れを取る事は無いだろう。
結局渋々ながらも、護衛達は部屋の外で待機してくれる事になった。
「それでイロハさん、どういったお話ですか?」
2人きりになった部屋で私が問うと、イロハさんはニヤリと口角を吊り上げた。
「単刀直入に言いますわ。アグリお嬢様、『前世の知識』持ってるやろ?」
ドクンと心拍が跳ねる。
油断してたわ。
この人まさか——でも、ここで動揺を見せたらつけ込まれてしまう。
冷静に、冷静に……。
「にゃにゃ、にゃにを言ってるのか分からにゃいわにぇ。ぜ、前世の知識とかあるわけにゃいでしょ!私めっちゃ現現現世だし!」
「そのフレーズ、ダウトやん……」