魔物暴走の報告
魔物暴走が起きてから数日間、北部中心に侯爵領の兵が巡回を強化していた。
戦力として侯爵家の者は当然ながら、公爵家令嬢であるフランも参加して警戒に当たっていた。
そして暫く経過を見守って、安全を確認したところで撤収する事となった。
領主邸に戻った侯爵夫人ファム・カルティアは、報告を受ける為に息子のライスと執事見習いのヴァンを呼び出した。
「ヴァン、報告を」
「はい。今回の魔物暴走ですが、アグリお嬢様がアルビオス公爵家暗躍の可能性を掴みました」
その報告を聞いてファムは僅かに眉根を寄せた。
「アグリはどうしてそれに当たりを付けたのかしら?」
「恐らく鎌を掛けたのだと思いますが、そこに至った経緯は分かりません。しかし、敵と思われる仮面の者は言葉に詰まってましたので」
「尋問した訳ではないから確実とは言えないわね。アルビオス公爵家に罪をなすりつける為に装った可能性も考えると、捕まえられなかったのは残念だわ」
そうは言っても、ここまで露骨に侯爵領に手を出すというのは、アルビオス公爵家以外には考えられないとファムは思っている。
更にもう一つ気掛かりな事をヴァンに質問する。
「噂になっている人型のゴーレムというのは?」
「お嬢様の攻撃で破壊されました。残骸はお嬢様の白いゴーレムに積んで、異空間に収納してあります」
「そのゴーレムは魔導師団の副団長が生成したものに近いのかしら?」
「私も以前副団長のゴーレムは拝見しましたが、全くの別物でした。というか、主が消えた後も残っていたので、スキルや魔法で生成されたものでは無いように思います」
「というと?」
「工業的に生産された、魔導具の類いではないかと……」
土系魔法で生成されたゴーレムは、魔力が尽きると地に還る。
残骸が残っている時点でそうではないかと、ファムも考えてはいた。
そしてそれは更に良くない事を意味する。
「そこまでの魔導具を製造出来るとしたら、西方の国かしらね……」
ファムの呟きに、ライスとヴァンは青い顔をする。
「他国の介入だとしたら大変な事になりますよ」
「そうね。単純な侵略なら迎撃すればいいだけだけど、これは恐らく内政干渉よ。一貴族に肩入れして、勢力図を塗り替えようとしている可能性が高いわ」
「アグリに残骸を検めさせるよう言いましょうか?」
「残骸を調べて何か出るなら、相手もそれを処分して立ち去るでしょう。きっと何も出て来ないし、証拠として出してもシラを切られるのがオチよ。現状のままアグリに持たせておきましょう」
ライスとファムのやり取りに、ヴァンが口を挟む。
「お嬢様がそのまま持っているのは、お嬢様の身が危険に晒されるのではありませんか?」
「魔法が効かないゴーレムを一撃で倒したと噂になってたわよ。それが本当なら心配要らないんじゃないかしら?」
「確かに私の剣で傷一つすら付けられないゴーレムを一撃で破壊しましたが……。しかし、仮面の者が気になる事を言ってました」
「何かしら?」
「お嬢様のスキルは『生産系』であると……」
ヴァンの言葉に、侯爵家の2人は一瞬凍ったように動きを止めた。
あまりにも常軌を逸した攻撃力を持っているので、ヴァンの報告による『農業』スキルに2人は疑問を持っていた。
しかし、寄りによって敵がその可能性を示唆してくるとは。
「以前、お嬢様のスキルが『農業』に関するものではないかとご報告しましたが、それにしてはあまりに常識の枠を出過ぎるので確信は揺らいでいます。しかし『生産系』である事が事実なのであれば、やはり戦闘系の護衛を付けるべきだと愚考致します」
「まぁ、一応新しい護衛候補はいるわ。ただ、素質はかなりのものを持ってても、まだまだ未熟なのだけどね」
「私が暫く護衛につきましょうか?我が祖父セヴァスもいつまでもお嬢様の護衛についてられないと思いますし」
ヴァンは先日、ゴーレムを召喚しようとして魔力を込め続けた事でスキルレベルが上がり、新たな能力に目覚めていた。
一つは、非生命体である物の情報を読み取る能力。
そしてもう一つは、人物の動きだけを捉えていた未来視が進化して、事象そのものの未来を視る能力も備わっていた。
その事によりヴァンは、やはりアグリの側でゴーレムの研究をする事が、パワーアップに繋がると思い込んでいた。
「そうね。ライス、いいかしら?」
「ヴァンが望むのでしたら、僕は構いません。ただ、兵力を埋めるのに王都の兵を少し寄越して欲しいですが」
「分かったわ。ではそのようにしましょう」
一先ず話は終わったようなので、ヴァンは気になる事を聞いてみる事にした。
「それと、一つ気になる事がありまして……」
「何かしら?」
「アグリお嬢様は、たぶん稲刈りが終わるまで侯爵領に居座るつもりのようなのですが、学園の入学準備等は大丈夫なのでしょうか?」
すっと、侯爵夫人ファム・カルティアは目を細めた。
「アグリを呼びなさい」
その後、呼び出されたアグリが発した「入学準備なんて必要なんですか?」の一言で、夫人の中の何かが切れた。