露見
森林から溢れ出るように、街道にまで魔物が群れを成して彷徨いていた。
その光景に領主代行であるライス・カルティアは焦燥感を覚える。
先日兵を率いて付近まで来た時よりも更に魔物の数が増えているのだ。
その時は途中でゴブリンキングの方を優先するために討伐は打ち切ったが、それでもかなりの数を間引いた筈だった。
僅かな間にここまで増殖しているのは、明らかに異常だった。
「これはもう魔物暴走が起こる寸前ね」
「申し訳ありません、母様。僕の失態です」
「そんな事は今はいいわ。目の前の事に向き合いなさい」
「はい……」
消沈するライスを見て、公爵家令嬢のフランは声をあげる。
「増えたのならまた減らせばいいのですよね?」
その言葉に、あるぶっ飛んだ少女の影をライスは見た。
親友と言ってたが、この子は妹に毒され過ぎじゃないだろうか?と。
簡単に言うが、事はそれほど単純ではない。
しかし、フランは全く臆する事無く皆の前に出た。
「ではとりあえず、この辺に見える魔物を一掃致します」
何かスキルを使うのかと皆が思った瞬間、フランは口から街道を覆い尽くすかのような炎を吐き出した。
空飛ぶワイバーンを一撃で討伐したとヴァンから報告を受けていたライスでさえ、その光景には度肝を抜かれる。
業火の中で、ウェルダンに焼かれた食材達が次々に倒れていった。
周囲に香ばしい臭いが漂う。
街道で群れを成していた魔物は倒したが、それらの断末魔が森の中にいた魔物を呼び寄せてしまい、次々に森から現れ始めた。
それを見て尚、フランの表情に全く焦りは無かった。
「『召喚』!」
フランの目の前に東の国の武器を思わせる片刃の武器が3本召喚される。
本来巨大な魚を捌く為のそれは、大きな獲物を解体するのに向いている事から、いまやフランの主力武器と化していた。
二刀を両手に持ち、残る一刀は口に咥えて、森から出て来た魔物目がけて駆け出して行く。
護衛であるシルヴァが追おうとしたが、途中でその必要は無いと気付いて足を止めた。
フランの動きは卓越していた。
魔物の動きを全て見切っているのか、武術の達人のように最小限の動きで躱し、そして三本の武器で豆腐でも切るように刻んでいく。
数十体いる魔物達が次々に解体され、宙を舞う肉は、どこからともなく現れた調理用バットに回収されていった。
本来であれば波のように押し寄せる大暴走の筈が、自ら食材となる為に走ってくる家畜にしか見えない。
誰も手を出す事無く、フランはたった一人でその場の魔物達を肉片に変えた。
「おいおい、なんだよあの化物みたいな嬢ちゃんは……?見かけは子供に見えるが、小人族か何かか?」
「ゴイン、彼女は公爵家のご令嬢よ。あなたが化物って言った事は公爵家にも報告しておくわね」
「報告は勘弁してくださいっ!!」
黒光りした頭部に汗を滲ませるギルマスは、驚愕を隠せなかった。
上位冒険者にも匹敵する程の立ち回りを、スキルを得たばかりにしか見えない子供がやって見せたのだ。
同時に、こんなに強いなら護衛なんて必要ないだろとも思ったが、口には出さなかった。
「それにしてもフランちゃん。随分と強力なスキルを得たのね」
「い、いえ。アグリちゃんに色々教えてもらったお陰です」
「そう、アグリが……」
侯爵夫人ファム・カルティアは思う。
アグリの指導も気になるが、スキルを得てから僅かな期間でこれ程まで強くなるフランの資質も相当なものだろうと。
そして何故かアグリと同じように『ゴーレム』を召喚出来るというのも見過ごせなかった。
ファムは少しだけ探りを入れる事にした。
「フランちゃんはグレイン殿下の婚約者候補でしたね」
「あ、はい……そうですが……」
フランはあまり気乗りしないような返事をして、チラリとライスの方へ視線を送った。
探ろうとしたのは『野心』。
しかし問いによって露見したのは淡い『恋心』だった。
思わず笑いそうになるのをなんとかファムは堪える。
と同時に、拙いなとも思った。
彼女の恋は、貴族間の思惑や力関係に大きな影響を及ぼしてしまう。
フラン自身のスキルが弱いスキルであれば問題無かったかも知れないが……。
ファム個人としては、フランはアグリとも仲が良いので大歓迎であるが、そう上手くはいかないだろう。
キリク公爵家は中立の立場を取る。
それ故に昨今力をつけて来ているカルティア家とは距離を置いていた。
きっと、貴族間のバランスを崩しかねない結びつきを良しとはしないだろう。
それはそれとして人の恋路を邪魔する気も無い。
「魔物の氾濫はきっとここだけではないでしょうね」
「母様、それは侯爵領が狙われているという事でしょうか?」
「真相は分かりません。でも先日おかしな輩を見かけましたからね。最悪を想定して動きましょう」
息子のライスと話していたファムは、フランに視線を戻す。
「じゃあ、ライスとフランちゃんは西側に向かってくれるかしら?護衛としてゴインを付けるわ。東側は私とシルヴァが向かう事にします」
「は、はい……」
少し頬を染めてフランは頷いた。
ピンク色のゴーレムが走り去る姿を見て、ファムは独り言ちる。
「アグリだけでなくフランちゃんも『門』を開ける可能性があるわね。この世代は私達の時以上に荒れそうだわ」