しっぷ
昨日は何故かお父様もお母様も夕食を取らなかった。
何かショックな出来事でもあったのだろうか?
そういえばお父様が言ってた『あの話』というのも聞きそびれてしまったわ。
一体何の事だったのかな?
そのうち分かるかも知れないし、気にしない事にしよう。
それよりも、今私は体が痛くて起き上がれないのよね。
土を耕すのが楽しすぎて、朝起きたらうっかり全身筋肉痛よ。
どうしよう……もうすぐメイドのミーネが私を起こしにきちゃうわ。
いつも通りにミーネが来る前に起きてないと、不審な行動としてスキルの事まで怪しまれるかも知れない。
しかし、まるで金縛りにあったかのように体が動かない。
そういえば前世のおじいちゃんも、畑仕事をした後はあちこち痛いって言ってたっけ。
でも、翌日には元気にまた畑に出掛けて行ってた気がする。
どうやったらあんなにすぐに回復出来たんだろう?
あ、そういえば毎晩おばあちゃんに頼んで、腰や背中に湿布を貼ってもらってた気がする。
つまりあれは農業に必要な物——農業に必要な物であれば、私のスキルで再現出来る筈!!
「い、出でよ『湿布』!!」
両手を宙にかざして唱えれば、魔力が凝縮されて2枚の白い布状のものが現れた。
「出来たっ!」
私は動かない体をなんとか捻り、ベッドの上でうつ伏せになる。
そして寝間着を腰付近まで手繰って肌を露出する。
お母様に見られたら『淑女にあるまじき!』ってめっちゃ怒られるだろう姿だ。
だからこそメイドのミーネが起こしに来る前に急いで貼ってしまわないと。
「カモン、湿布ぅ!!」
宙を漂っていた湿布は私目がけて急降下する。
そして、ビタンと音が鳴る程の勢いで私の腰に装着された。
粘着感は無いがピッタリと張り付き、ひんやりとしてて気持ちいい。
しかも無香料!
前世のおじいちゃんがしてたのは効能に比例して、もの凄い臭いを発していた。
あれは乙女が出していい臭いじゃないから無香料はとても助かる。
程なくして薬効が腰部から浸透し始め、私の体が軽くなっていく。
「ふへぇ〜、これがあれば毎日でも耕せるわ〜」
などと時間が無いのに湿布の気持ちよさに浸っていると、
「お嬢様、起きてますか……って、何てはしたない格好してるんですかっ!?」
メイドのミーネに見つかってお小言を貰ってしまった。
ミーネ、ノックぐらいしなさいよ……。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ミーネにブツブツ言われながらも支度をし、朝食をとる為にダイニングへ向かう。
テーブルには昨日の夕食には居なかったお父様とお母様もいた。
どうやら復活したようで、私も安堵した。
「おはようございます、お父様、お母様」
「おはよう」
「おはよう」
2人に挨拶をして私も席につく。
私には兄がいるのだが、兄は今侯爵領で跡を継ぐための勉強をしているので、この王都の屋敷にはいない。
なのでこの3人が揃った時点で食事が始まる。
「アグリ、今日は何をする予定ですか?」
お母様が食事を食べながら尋ねてきた。
私としてはまだスキルに未知の部分が多いから、追放されないように今のうちに検証しておきたいと思ってるのよね。
「昨日得たスキルがまだまだ使いこなせてないので、色々試してみようと思ってます」
私がそういうと、少し考えるそぶりを見せたお母様は
「では私もそれを見学する事にしましょう」
絶対に止めていただきたい。
でもそんな事言ったら怪しまれちゃう……。
「わ、わぁ……お母様に見ていただけるなんて、嬉しいなぁ……」
くっ、何とかバレないように立ち回らなければ。
幸い朝日が昇ると共に農業したい衝動が襲ってくるという事は無かった。
でもいい土を触ったらまた耕したくなってしまう気がするのよね。
衝動を抑えきれる自信が無いから、土に触れないように注意しないと……。
と内心冷や汗をかいている私を、お母様はジッと観察するように見つめていた。
ば、バレてないよね……?
僅かな沈黙の間を置いて、お父様が話に割り込んで来た。
「アグリちゃん、例の話だが……」
私は渡りに船とばかりにこのウェーブに乗る事にした。
「お父様、私はもうスキルを得たいっぱしのレディですわ。ちゃん付けはおやめください」
私をとても可愛がってくれているのは分かるけど、いつまでもちゃん付けで子供扱いしないで欲しい。
というか、前世の記憶が蘇ってから、少し意識を大人側に引っ張られてる気がする。
急に大人びた事言うと怪しまれそうだけど、逆に今のような大人に見られたい言動は子供っぽいから大丈夫よね?
「おや、ごめんよ。では、いっぱしのレディであるアグリ、例の話を進めてもいいかな?」
例の話?あの話って言ってたやつかな?
何の事やらさっぱり分からないわね。
大層な口を利いた手前、何の事か分からないって言い辛いわ……。
まぁ適当に話を合わせておけばいいでしょ。
「お父様にお任せしますわ」
「おおそうか。殿下もお喜びになるだろう」
は?殿下?