やらかし(ヴァン視点)
夜も更け、窓の外は星が瞬いている。
仕事も終えて部屋へ戻ろうとしたところ、聞き覚えのある連続する爆発音のようなものが屋敷に近づいて来た。
音は次第に大きくなる。
だが俺は慌てる事は無かった。
この音は魔物の襲撃などではなく、恐らくあの方によるものだからだ。
まぁ慌てはしなかったが、寒気は増していった。
まだ秋なのにな……。
轟音が門の入口で止まる。
俺は急ぎ門へと向かった。
ところが、到着したのは予想とは違う人物だったので、少々困惑してしまった。
カルティア侯爵夫人、ファム・カルティア様。
何故奥様が侯爵領に?
……って、あれしか無いよな。
きっとまたお嬢様が何かやらかしたんだろう。
それにしても、奥様が乗って来たあの二輪のゴーレムらしき乗り物、とても既視感がある。
形状は少し変わっているが、紛れもなくお嬢様が召喚していたあのゴーレムだろう。
召喚主以外も使用出来るゴーレムなんて初めて聞いたぞ。
俺も乗りたい……。
「ヴァン、ご苦労様。貴方は屋敷に戻っていいわよ。私はここで愚娘を待ちますので」
予想通り、お嬢様の所為だったようだな。
しかし護衛も無しで奥様を屋敷の外に一人で立たせておく訳にもいかないだろう。
執事長である父は、今は用があって屋敷を離れている。
一応ライス様に報告だけして、俺が奥様の護衛につくしかないか……。
俺は屋敷に戻り、この館の主であるライス様の部屋へ向かう。
幸いまだライス様は起きていたようなので、入室させてもらい、奥様がいらっしゃった事だけ伝える。
「あぁ、アグリがこっちの方に来ているらしいからね。どうやったのか転移系の魔法を身に付けたようで、セヴァスも手を焼いてるとか言ってたよ」
転移系の魔法!?
あのお転婆に一番渡しちゃいけない能力だろ。
でもどうやってそんな魔法を身に付けたんだ?
お嬢様のスキルは『農業』の筈なのに……やはり俺の魔眼が間違っているんだろうか?
本当のスキルは俺の看破能力を超えて隠蔽されているとしか考えられない。
「とりあえずヴァンは母様の護衛に……って、もう必要無さそうだね」
ライス様が言葉を発すると同時に、屋敷の門の方で膨大な魔力が解放された。
きっとお嬢様が迂闊にも龍の巣に足を踏み入れてしまったんだろうな。
ところが驚いた事に、屋敷に現れたのはアグリお嬢様一人では無かった。
ご友人と思われる少女が一人。
高位貴族の令嬢だろうか?
お嬢様共々綺麗なドレスが血まみれになってしまっていて、とても貴族には見えないが。
俺は万一失礼があってはならないだろうと、魔眼を使ってその令嬢の情報を覗いてみた。
——名:フラン・キリク
——身分:公爵家長女
——スキル:料理
ヤバい……。
多少失礼であっても名前と爵位を直接伺うべきだった。
あのスキル——生産系じゃないか!
しかも公爵家であれば、すべからく秘匿されている筈だ。
いくらアグリお嬢様のご友人だとしても、俺が知っていい情報じゃなかった……。
絶対に俺が知ってしまった事を悟られないようにしないと。
と、俺がフラン嬢を見ながら考え事をしていると、アグリお嬢様は奥様に引き摺られて家の中に連れ込まれて行った。
売られていく子牛のような目を向けて来たが、絶対助けないからな。
俺が奥様に勝てる訳ないだろ。
そもそもやらかさなければ怒られないのに……ホント、学習しない人だよなぁ。
お嬢様と奥様が屋敷に入ったところで、呆然と立ち尽くしているフラン嬢に声を掛ける。
「フラン様、お部屋にご案内致します。着替えとメイドも手配致しますので、少々お部屋でお待ちください」
「あ、はい。お気遣いありがとうございます」
さすが公爵家令嬢ともなると、僅かな所作でさえ気品に満ちている。
どこかの侯爵家令嬢にも見習って欲しいものだ。
いや、あのお嬢様、意外とそういうのは出来てるんだったか?
中身はアレなのに……。
俺はフラン嬢を促し、屋敷の方へ足を向けた。
その時突然周囲の闇が増した。
雲が星の光を遮る速さじゃない。
即座に見上げると、はるか上空で蜥蜴のようなものが滑空していた。
「ワイバーンだとっ!?」
咄嗟にフラン嬢を庇うように位置取りし、剣に手を掛ける。
何故ワイバーンがこんな人里にまで降りて来ているんだ!?
近くにいるなんて報告は無かった筈。
ここでもし公爵家の令嬢に何かあれば大問題だ。
幸いにもワイバーンは旋回しているだけで降りてくる気配は無かった。
しかし、領主邸に攻撃を仕掛けられてはたまらない。
直ぐにでもライス様を呼びに行きたいところだが、フラン嬢は足が竦んでしまったのか動こうとしなかった。
無礼であっても彼女を抱えてここから離れるべきか?
そう思った時、フラン嬢が信じられない言葉を呟く。
「あら、美味しそうな蜥蜴ですね」
彼女が何を言ったのか理解出来なかった。
まるでアグリお嬢様のようなぶっ飛んだ発想に、俺の思考は停止してしまう。
そして、あろうことかフラン嬢は、立ち塞がっていた俺の前へと躍り出た。
「龍の吐息っ!!」
その光景に俺の顎は外れそうになってしまった。
フラン嬢が口から炎を吐き出し、それが上空を飛んでいたワイバーンを丸焼きにしたのだ。
そして落下してきたワイバーンを、どこからか取り出した包丁で地面に着く前に切り刻んでしまう。
ボトボトと落ちて行くワイバーンの刻まれた体は、いつの間にか用意されていた調理用バットに収まっていった。
一瞬にして食材に変わったワイバーン。
それをフラン嬢は楽しそうに運んで来る。
「あの……、泊めていただくお礼としてお収めください」
フラン嬢が差し出してきたバットを受け取るも、俺はあまりの出来事に言葉を失ってしまっていた。
暫く状況が飲み込めずにいた俺を、フラン嬢は不思議そうに見つめる。
「えっと、どうかされました?」
「……い、いえっ。では、お部屋へご案内します……」
……あれが『料理』スキルだと!?
食材を刻むのはいいとしても、ブレスって何なんだよ!?
俺は自分の魔眼に対する信頼を完全に失った……。