運搬
そろそろ夜も更けてきた事だし帰ろうかな?と思った頃、農薬散布用ドローンに取り付けた照明が、新たな魔物の姿を捉えた。
それは白と黒のブチ模様の毛皮を纏う魔物——あれってもしかして……。
「新しい魔物だ。じゃあ狩ってくるね」
フランちゃんは、いつの間にかもう一本召喚した包丁の柄を口に咥え、魔物に向かって駆け出した。
「ちょっと待ってフランちゃん!あれは倒しちゃダメっ!!」
「えっ!?どうして!?」
間一髪、私はフランちゃんを止める事が出来た。
先程狩った黒毛の牛とは違う、ホルスタイン種っぽい牛の魔物。
あれは肉に出来ない事も無いけど、牛乳を搾った方が使い道が多いし継続的に生産出来る。
「あれは連れ帰って飼育しましょう」
「ま、魔物を飼うの!?」
この世界では魔物の方が圧倒的に多いから、たぶん普通の牛を見つけるのは難しいと思う。
牛型の魔物ですら、私は初めて見たぐらいだし。
飼育出来るかどうかはやってみないと分からないが、やるだけの価値はある筈だ。
『ご主人様。先程魔物を倒した事により、新しいスキルが解放されました』
おっと、このタイミングでスキルちゃんから報告が。
それってもしや……?
『はい。新しいスキルは“家畜化”です』
なんというご都合スキル……。
やはり神は私に酪農せよとおっしゃっているのか。
それで、どうやって家畜化すればいいのかな?
『それはご主人様なら簡単な事です。屈服させればいいのです』
わーい、単純明快だぁ。
ゲームや漫画では仲間にしたい場合は先ず倒さないとだもんね……。
私は乳牛の魔物の前に立ち、体の中の魔力を練る。
そして溜めた魔力を一気に解放し、20頭程いる魔物達を纏めて威圧した。
「「「ブモォッ!?」」」
ガクブルと震えながら、牛達は皆その場に突っ伏すように座っていった。
無事屈服させる事が出来たようなので、スキルで順次『家畜化』していく。
すると魔物特有の目の赤みが消え、鳴き声も前世で聞いた穏やかなものへと変化していった。
ホルスタイン種でも野生化するとかなり凶暴になるって聞いてたけど、家畜化スキルのお陰でこれならなんとか飼えそうだ。
「アグリちゃん。こんなにいっぱい山を越えて連れて行けないと思うんだけど、ここで飼うの?」
うーん、フランちゃんの言う通り、運搬する手段が無いのは問題よね。
この草原でそのまま飼ってもいいんだけど、妙に魔物が多かったし。
フランちゃんがかなり間引いてくれたとは言え、まだ安全とは言い切れないと思う。
あ、そうだ!
アレなら牛達を運搬するのに最適だわ。
召喚出来るかは微妙なとこだけど、やるだけやってみよう。
私は天に向けて手を翳し、目一杯の魔力を送り込んだ。
「召喚っ!!」
夜空で瞬いていた星達が突然陰る。
代わりに、それを遮った巨大な飛行物体の放つ光が、周囲を照らした。
あまりの巨大さに、フランちゃんは腰を抜かして座り込む。
「アグリちゃん、何あれ……?」
「Ushi Unpan Flying Object。あれで牛達をキャ……運搬するのよ」
「きゃ?」
私が召喚した牛運搬飛行物体——略してUUFO。
牛と飛行する円盤には深い関わりがあるとかないとか。
つまり農業に関係があるっ!(強引)……という事で召喚してみた。
円盤の中心部から地上へ向けて一筋の光が降りてくると、その光に包まれた牛が重力を無視したかのようにふわりと浮き上がる。
そのままグングンと上昇して行き、円盤に接触する寸前で吸い込まれたかのようにふっと消えた。
そして次々に収納されていく牛達。
家畜化されているせいか、皆暴れる事無く大人しく円盤に吸い込まれていった。
それをフランちゃんは、呆然とした表情で見送っていた。
「アグリちゃんのスキルって、一体何なの……?」
「あ、そっか。フランちゃんのスキルは教えて貰ったのに、言って無かったね。私のスキルは『農業』だよ」
「の、農業……?って作物を育てたりする、あの生産系の?」
「そうだよ」
「農業ってあんなに凄い事が出来るの……?あれ?もしかしてアグリちゃんには、私の力なんて必要無いのでは……?」
何故か絶望したような顔になるフランちゃん。
どうかしたのかな?
最後の牛が吸い込まれたところで、さて帰ろうかと思った時、ある事に気付く。
「あ、帰りの分の魔力足りなくなっちった……」
さすがに空飛ぶ円盤の召喚はやりすぎたか。
多大な魔力を消費してしまったようだ。
ちなみに円盤を帰還させようにも、生物である牛が乗ってるから帰還も出来ない。
あれを出現させたままってのもヤバいよね……。
『円盤はステルス機構が備わってますので、上空で姿を消して待機させておくのがいいかと。明日元ゴブリンの集落へ連れて行きましょう』
空飛ぶ円盤にはそんな機能が備わってたのね。
もう夜も遅いし、スキルちゃんの提案どおり明日引き渡しに行きますか。
「ねぇアグリちゃん。そういえば私何も言わずに来ちゃったから、キリク公爵家の方で騒ぎになってるかも……」
「大丈夫だよフランちゃん。うちの優秀な執事であるセヴァスが連絡してくれてる筈だから」
「あ、そうか。それなら大丈夫かな?」
「でも帰りの分の魔力が足りなくて王都までは転移出来ないの。今日は侯爵領の領主邸に泊まる事になっちゃうけど、いいかな?」
「りょ、領主邸ってまさかあのライス様がいらっしゃるところ……?」
「うん。お兄様は優しいから、夜に行っても大丈夫だよきっと」
何故かフランちゃんは頬を赤く染めて俯いてしまった。
あれ?
領主邸は遠慮したい感じだったのかな?
でも私の魔力が回復しないと帰れないし、我慢してもらうしかない。
「じゃあフランちゃん、転移するから私に掴まって」
「う、うん。分かった」
フランちゃんが私の腕に触れたのを確認して、領主邸前へ瞬間移動した。
もう夜も更けているので門番はいないだろうと思っていたのだが、そこにはひとつの人影が仁王立ちして待ち構えていた。
私の背筋に冷たいものが走る。
何故?ここは王都じゃなくて領主邸の筈なのに……。
「おかえりアグリ。さぁ楽しいお説教タイムの始まりよ」
そこには般若と化したお母様が立っていた。
円盤さん、今すぐ私を……。