魔法(フラン視点)
——私公爵家の長女フラン・キリクはその日、神に忠誠を誓った——
食材の咆哮を聞くなんて、私に出来るだろうか?
親友のアグリちゃんは大丈夫と言うけど、魔力操作等の基本的な訓練しかしていない私にいきなり実戦は、正直ハードルが高いと思う。
そんな自信を持てない中、突然不思議な声が聞こえてきた。
『心配ありません。貴方にはご主人様の魔力が供給されているのですから』
ふえっ!?
周囲を確認するも、私とアグリちゃん以外に人の姿は無い。
いったい誰の声が聞こえてるんだろう?
幻聴?
『いいえ、幻聴ではありませんよ。私は侯爵令嬢アグリ・カルティア様のスキルです。ご主人様は“スキルちゃん”と呼んでおります』
す、スキルちゃん?
ええっ!?スキルが自我を持って喋ってるの?
さすがアグリちゃん、スキルすらもパネェんですけど!
『貴方はご主人様にとって大切な方のようですので、特別にサポート致します』
あ、はい。
よろしくお願いします。
『では初めに、召喚をしてみましょう。先程ご主人様が召喚したように、包丁をイメージして召喚してみてください。そうですね、貴方には巨大な魚を捌く包丁が似合いそうです。こんなやつです』
私の頭に包丁のイメージが送られて来た。
これ、私に似合うの?
なんか複雑……。
『二本召喚して二刀流にするとかっこいいですよ』
うーん、かっこいいと言われると満更でもないかも。
言われた通り、巨大な魚を捌く包丁を召喚した。
両手に握られた包丁は、何故か私の手にしっくりと馴染んだ。
と同時に、私の中で料理に対する衝動のようなものが駆け巡る。
『包丁が召喚出来たら、あとは“食材の咆哮”を聞くだけです』
食材の咆哮って、一体何だろう?
私にはまだよく分からないんだけど。
『食材は温度・湿度、含まれる栄養素、時間経過等、様々な要素の影響によって千差万別に味が変化します。しかし料理スキルを持つ貴方なら、最も最適な味に辿りつくための工程が聞こえるはずです』
聞こえるって事は音を聞くって事?
『いいえ。音だけでなく色々な要素を感じ取る事を意味します。体全体で食材がどう料理して欲しがってるかを感じるのです。どんしんふぃーです』
どんしんふぃー?
スキルちゃんが何を言ってるのかちょっと理解出来ない部分もあるけど、私の中の『料理』スキルがどうしたらいいのか囁いてくれた。
私はそれに従い、目を閉じて感覚を研ぎ澄ませる。
僅かな風に乗って漂う臭い。
食材が蠢く時に出す音。
色々な要素が絡み合って、最適な味への解を私に伝えてくれる。
魔物達の雄叫びですら美食へ捧げる賛歌に聞こえ、食材がどう調理して欲しいのか天啓のように私の中に降り注いだ気がした。
私は『食材の咆哮』に従って体を動かし、両手に持つ包丁を順に振り下ろす。
魔物の首筋を包丁が通過すると、反動で頭部が跳ね上がり宙を舞った。
そのまま次々と魔物を倒していく。
私達を取り囲んでいた魔物の首を全て切り落とすと、辺りは静寂を取り戻した。
『お見事です』
スキルちゃんの賛辞が嬉しい。
そして、倒した魔物は全て解体して調理用バットに入れていった。
残った部位はアグリちゃんが肥料にするとかで持って行ってしまった。
私はその後も魔物を見つけては解体を繰り返していった。
しかしどうにも物足りない。
きっと、あの令嬢達に浴びせられた言葉が引っ掛かっているせいだ……。
——魔法を使えないスキル。
恐らく近接戦であれば、私の料理スキルはほぼ無敵の強さを誇るだろう。
しかし、空を飛ぶ魔物や水の中にいる魔物に対処する術が無い。
アグリちゃんの稲妻のような攻撃系の魔法があったら嬉しいけど、私のスキルじゃ使えないよね……。
調理に使う火や水は出せても、魔物を倒せるイメージはとても出来ないもの。
『いいえ、料理スキルは強力な攻撃系スキルに匹敵する可能性を秘めています』
え?スキルちゃん、いくら何でもそれは無理があるよ。
『無理ではありません。そもそも料理が人間だけのものであるといつから錯覚していましたか?』
えっ?
だって人間以外の動物や魔物は料理なんてしないでしょう?
『料理とは何ですか?食材を食べやすいように加工する事ですよね。ドラゴンは炎で獲物を焼いて食べるそうですよ』
それってまさか……。
『そうです。あなたのスキルはドラゴンの料理方法を再現出来る筈です』
スキルちゃんの言葉に、私の中の何かが警鐘を鳴らす。
それをやったら人でいられなくなるのでは?
……でも、それがどうしたの?
料理の為なら些細な事だわ。
私は周囲を見渡し、次の食材を探した。
そこにいたのは丸々と太った巨大な猪の魔物。
私の身長を優に3倍は越えている。
おあつらえ向きだ。
私はドラゴンを自分の中にイメージした。
ドラゴンの料理人と化し、猪の魔物を丸焼きにするレシピを心に刻む。
吸い込んだ魔力が私の口の中で着火した。
「龍の吐息っ!!」
吐き出された炎は猪の魔物を丸ごと包み込み、燃え盛る業火は、一瞬にして丸焼きのお肉を作り出した。
その瞬間、私の中のスキルが覚醒した。
世界中の龍種が食材の加工に使うであろうブレスを全て獲得し、私は魔法さえも手に入れてしまった。
私のスキルがこんなにも強力になるなんて……。
これも全て親友であるアグリちゃんのお陰だ。
ううん、もう親友を通り越して私の救世主……いや、神と呼んでも差し支えないだろう。
『差し支えありまくりだと思いますが……』
スキルちゃん無粋なツッコミは不用ですよ。
我が神、アグリ・カルティア——あなたに害を成す虫共は、私が全て排除してあげるからね。