食材
「えっ!?『料理』するってどういう事?」
「私が『料理』スキルの使い方を教えてあげるって言ったでしょ。これから実際に使ってるとこ見せてあげるから」
「な、なんでアグリちゃんが『料理』スキルを使えるのっ!?アグリちゃんのスキルって『料理』だったの?」
「ん?違うけど?」
私の言葉にフランちゃんは絶句してしまった。
まぁ私のスキルについては後で説明するとして、今は目の前の食材に集中しましょうか。
「ブモッ!」
私が正面に立つと、牛の魔物は警戒心を露わにし、真っ黒な体を一歩下がらせた。
さっきの威圧が効き過ぎちゃってるか。
じゃあちょっと『料理』スキルがちゃんと使えるか確認しときましょう。
「『赤いテーブルクロス』召喚!」
私の本来のスキルである『農業』では召喚出来ない筈の赤いテーブルクロスが、ちゃんと私の手元に召喚された。
農奴スキルによる複製は正常に機能しているようだ。
私がテーブルクロスを牛に見せつけるようにヒラヒラ揺らすと、この世界の牛も例外ではないようで、布の動きに反応して酷く興奮し始めた。
闘牛の如く前足で地面を数度掻いて、突進しようとこちらを睨む。
いいね。
闘争心剥き出しの相手を料理する方がフランちゃんにとっても参考になるだろうし。
右へ左へと交互に布を振ると、それ目がけて牛が突進して来た。
私はヒラリとそれを躱し、牛をいなす。
「フランちゃん。『料理』スキルで一番重要な事は、相手が食材であると強く思い込む事よ」
「食材……」
「料理によっては生きている状態から調理が始まるものもあるの。つまり、締めや解体だって料理の工程の一つであると言えるわ」
「な、なるほど……」
私は右手に包丁を召喚した。
肉を切り裂きやすいように、刃渡りが長く先が鋭い牛刀包丁だ。
牛を斬るには最適だろう。
「ブモオオオオッ!」
おっと、あんまり興奮しちゃうと毛細血管が破れてお肉が不味くなっちゃうわね。
突進してくる牛をまたヒラリと躱し、今度はすれ違いざまに首筋を包丁で切り裂いた。
「ブゴオオオッ!?」
私に斬られた事で、怒りに目を血走らせる牛。
しかし、血抜きされた牛は徐々に力を失っていく。
その後数度突進を繰り返したが、終には地面に突っ伏して完全に動かなくなった。
とここで、私は貴族令嬢にあまりにもショッキングな場面を見せてしまったのではないかと思い、フランちゃんの方を恐る恐る確認した。
しかし、フランちゃんは青ざめるどころか、キラキラした目を私に向けてきていた。
この世界の貴族って攻撃系のスキルが重要視されるぐらい魔物との闘いは日常的だから、命の奪い合いに忌避感はあまり無いのかも知れないわね。
私は息も絶え絶えの牛の魔物の脳天に包丁を突き刺した。
「あなたの命、美味しくいただきますわ」
そのまま『料理』スキルを駆使して、牛を解体していく。
おっと、重要部位である牛タンを忘れるところだった。
前世の東北地方で食べた味が忘れられないのよね。
召喚した調理用バットに切り分けた肉を次々に入れて行くと、満タンになったバットから順次帰還して行った。
たぶん擬似的な収納魔法の役割を持っているのだろう。
程なくして、牛の魔物の食べられる部分は全て消え、骨と皮と少しの内臓だけになってしまった。
これはこれで肥料になるので、こっちは『農業』スキルで召喚した肥桶に入れて収納しておいた。
余す所無く全て使えて、とても満足だわ。
「す、凄いよアグリちゃん! 解体もスムーズだったし、肉を傷める事無く綺麗に部位事に纏めていってたし」
「どう?『料理』スキルって凄いでしょ。締めや解体から料理だと思えば、戦闘にも応用できると思わない?」
「確かに……」
少し話をしている間に、他の魔物が私達を取り囲むように近づいて来ていた。
ドローンの明かりと血の臭いに引き寄せられて来ちゃったか。
牛の魔物だけじゃなく、鹿や猪までいる。
凄いわねこの草原。
まるでお肉のバーゲンセールじゃない!
「じゃあ、次はフランちゃんやってみて」
「わ、私に出来るかな……?」
「大丈夫。とある料理人は言ったわ、『食材の咆哮を聞け』って。それが聞こえたら、どう料理すればいいかは食材が教えてくれる筈よ」
「食材の咆哮……」
何かを吹っ切った顔をしたフランちゃんは、両手に包丁を召喚した。
それは刃渡りの長い、刀と見紛う包丁——巨大な魚を解体する時によく使用されるものだった。
その刃を2本とも上に向けて両腕を目一杯に広げている。
どこの暗殺者よ?
そしてそのままフランちゃんは両目を閉じた。
え?心眼?
食材の咆哮を聞けとは言ったけど、いきなり心眼はハードル高いんじゃないかなぁ?
それできちゃったら達人よ?
「ブモオオオオオオォっ!!」
「ブヒイイイイイイィっ!!」
牛の魔物と猪の魔物が同時にフランちゃんを襲う。
ヤバそうなら魔力当てで魔物の動きを止めようと思ったが、それは杞憂だった。
目を閉じたまま、フランちゃんはスイスイと魔物達の攻撃を避け、目で追いきれない程の速さで包丁を振り下ろした。
牛と猪の首が宙に舞う。
その首が地面に落ちる前に、次々と他の魔物達の首も跳ね上がって行き、瞬く間に私達の周囲を囲んでいた魔物達は、その生涯を終えて行った。
恐らく魔物達は自身の命が潰えた事に気付いてすらいなかっただろう。
「凄いよフランちゃん。やっぱり『料理』スキルは最強だね」
「ありがとうアグリちゃん、私、何かつかめたような気がする!」
つかめたどころか、達人の領域に踏み込んでると思うよ……。
その後暫く、フランちゃんは『料理』スキルを検証しながら狩りを続けた。
最後の方ではなんか炎吐いてた。
牛は赤色に興奮するわけではないとのご指摘をいただきましたので、修正しました。
調べてみたところ、布が揺れている動作の方に反応しているらしいです。
ずっと勘違いしてました。恥ずかしい限りです。
今後はもうちょっとよく調べようと思います。