草原
集落に入り、元ゴブリンキングの家に向かって呼び掛けると、巨大な体がゆっくりと外へ出て来た。
巨体に加えて、金色のモヒカンと半裸が世紀末感を醸し出していた。
「ごきげんよう、ゴブキン」
「なんだぁ?ご主人様じゃねぇかい。何か用だったか?」
ゴブキンは元ゴブリンキングの人族名だ。
これ以上短縮するのは躊躇われたため、この名に落ち着いた。
ゴブキンのゴツさにフランちゃんはちょっと怯えて、私の後ろに隠れてしまった。
「ちょっと聞きたい事があって。この辺で食べられる魔物が出る場所を教えて欲しいんだけど」
「食べられる魔物……?俺達は何でも食うからなぁ」
人化してもゴブリンの食性は変わらないんだろうか?
「あぁ、でも美味い魔物なら知ってる。牛の魔物で、山を越えたとこにある草原によく居た筈だべ」
牛!?
それって……神が私に酪農せよとおっしゃってる!?
仰せのままにイイイイィ!!
「行くよ、フランちゃん!」
「え?え?もう暗くなっちゃうよ?」
「大丈夫!」
農業の前に闇など無意味。
「召喚!『農家御用達ハウス栽培用照明』!!」
ハウス栽培に於いて使われるLED照明は、少ない電力で日照不足を補う事が可能な便利道具だ。
発熱量が少ないので温度管理がしやすく、害虫が入らないように外と遮断された工場でも生育可能になるなどメリットも大きい。
そんなLEDを召喚し、同じく召喚した農薬散布用ドローンに取り付けていく。
電力ではなく魔力で発光可能なLEDが、薄暗くなった集落を照らす。
「アグリちゃん、その奇妙なものは何……?」
恐る恐る尋ねるフランちゃん。
瞬間移動は一度行った事がある場所か見える範囲にしか移動出来ないから、空を飛んで行こうと思ったんだけど……。
うん、たぶん説明すると面倒な事になるので、あえて説明は省こう。
「じゃあ、しっかり掴まっててね」
「説明!アグリちゃん、説明を求むーっ!!」
私は身体強化して、フランちゃんの腰をしっかりと抱き込む。
そしてもう片方の腕で農薬散布用ドローンの足を掴んだ。
魔力を流すと、ふわりとドローンが浮き上がる。
「きゃあああああっ!!う、浮いたあああああっ!!」
フランちゃんの悲鳴に呼応するように、ドローンは天高く舞い上がった。
よしよし、LEDの光で眼下がそれなりに明るくなって見渡せるね。
私はそのまま、元ゴブリンキングに聞いた山の向こう側までドローンを飛行させた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
山を一つ越えると、広大な草原が広がっている場所が見えた。
照明の照らす先に、いくつか黒い塊が見える。
頭部付近には鋭く湾曲した角が見えたので、あれが目標の牛の魔物に間違い無いだろう。
ふむ、美味しそうな牛肉だ。
前世で都会育ちの友人にこれ言ったらドン引きされたっけ。
でも農家の言い分としては、命をいただくという事に最も真摯に取り組んでるからこそ出る言葉だと思うのよね。
さて、私の脇に抱えられているフランちゃんは、案の定気絶していた。
「おーい、フランちゃん。着いたよ〜」
「むにゃ……もう食べられない……」
なんてベタな寝言を……。
料理スキルを得たのって、料理してたからじゃなくて食い意地張ってたからでは……?
中々フランちゃんが起きない中、私達に近づく影が一つ。
優に私達の身長を超える巨大な黒い塊は、私達に向けて大きく吠えた。
「ブモオオオオオオォっ!!」
「ひゃっ!?な、何っ!?」
牛の魔物の雄叫びのお陰で、フランちゃんも漸く目を覚ましたようだ。
「魔物がいる場所に着いたよ」
「アグリちゃん、何で冷静なのっ!?ま、魔物がすぐそこまで迫って……」
「ああ、大丈夫。すぐに黙らせるから」
私は魔力を解放して牛の魔物を威圧する。
「ブモッ!?」
すると、牛の魔物はどう見ても成牛だが、生まれたての子牛のように足下をガクブルと震わせて後ずさった。
「さ、さすがアグリちゃん……。スキルとか関係無しで魔物を怯えさせてる」
「とりあえず、先に農奴契約をしましょう」
「そして魔物が側にいるとは思えない通常営業だね。怯えてた自分が滑稽に思えてきたよ……」
家畜を前に怯えてたら農家なんて務まりませんことよ。
私は農奴スキルを発動して、フランちゃんと農奴契約を結んだ。
「ふわぁ……なんか凄い力が漲ってくる感じがする。でもこれ、デメリットとか無いの?」
「うーん、今のところ特に無かったと思うよ。農業をする奴隷って言っても、私はフランちゃん相手に無体な命令を下すつもりなんて無いし。パワーアップするメリットしか無いんじゃないかな?」
「デメリット無しでパワーアップとか、アグリちゃんのスキルってかなりヤバいのでは……?」
今のところヤンとマーにも精神的な変化は見られないし、農業を手伝ってもらう時にちょっと積極的になったぐらいだと思う。
そもそも私が主になるんだし、私がデメリットを与えるようなマネをしなければ問題無い筈だ。
そして、メリットは私にもある。
農奴の持つスキルを私が複写して使えるという事。
「じゃあフランちゃん、私があの牛の魔物を『料理』して見せるから、よく見ててね」