公爵令嬢と侯爵令嬢
時は少しだけ遡る。
公爵令嬢フラン・キリクは、目の前に立ち塞がる少女達に内心怯えていた。
何故か彼女達はフランのスキルが『生産系』である事を見抜いている。
スキル名までは把握していないようだが、家族にすら話してない事をどうやって知ったというのだろうか?
その鍵はおそらくその少女達の筆頭たる公爵令嬢メリアナ・アルビオスだろう。
そもそもフランの『スキル降ろし』の際に、彼女が何かをした可能性が高いのだ。
「どうしたのかしらぁ?私は貴方のスキルを見せていただきたいだけなのですけど。あそこにある訓練用の的に魔法を当ててみせて欲しいと言ってるのよ」
わざとらしく挑発するように言うメリアナ。
そしてその後ろでクスクスと笑う取り巻きの令嬢達。
フランの得たスキルは『料理』なので、遠距離に飛ばす事が出来る魔法なんて使えないと本人は思っている。
その為、フランは沈黙を貫くしか無かった。
そこにたたみ掛けるようにメリアナの取り巻き達が、フランを揶揄する。
「あらぁ?もしかして公爵家のご令嬢なのに、まさか魔法を使えないスキルを得てしまったのかしら?」
「いえ、きっと近接系なのではないかしら?それでしたらあの的を直接殴っていただいてもよろしいかと思いますけど」
「おやおや?もしや身体能力強化すら出来ないようなスキルなのですかぁ?」
「まさかまさか、生産系のスキルだったりしませんわよねぇ?」
明らかに分かってて言っている。
密かに唇の内側を噛みしめるフラン。
パーティ会場に辿り着きさえすれば、他者の目もあるので彼女らも勢いづく事などなかっただろう。
しかし運悪く王城へ着いて早々に彼女らに遭遇してしまい、この訓練施設へ連れて来られたのだ。
いや、メリアナだけは人だかりの中でさえ、同様の挑発をしそうだが。
寧ろ、こちらを陥れる為に嬉々としてやりそうだ。
無視して逃げる事も出来なくはないが、それは生産系のスキルであると認めてしまっている事になる。
相手に確信を持たれるのも困るのだ。
噂が広まって両親の耳に入れば、最悪公爵家から追放される可能性だってある。
なんとか、何かしらの力を見せておきたいが、その力が『料理』スキルにあるとはとても思えなかった。
じっと我慢して、護衛かあるいは誰かが気付いてここに来てくれる事を祈るしかない。
フランは心の中で最も頼りになる親友の名を呼んでいた。
「じゃあ私がお手本を見せて差し上げますわ」
メリアナが詠唱すると、その手の平の上に巨大な火球が生成される。
スキルで作られた炎の魔法。
轟々と燃え盛る魔法を見て、フランは息を呑む。
お手本などと宣っているが、メリアナの性格上、その火球を訓練用の的ではなくフランに向かって放ちかねないからだ。
メリアナは嗤う。
自分のスキルに恐れ戦く者を見るのが楽しくて仕方ないのだ。
メリアナが愉悦に浸ってその火球をどうしてやろうかと考えていると、不意に聞き覚えのあるメリアナにとって不快な声が耳に入ってきた。
「あら、篝火にはまだ早い時間ではないかしら?それともこの暑いのに暖をとっているの?」
フランの後ろからいつの間にか現れたのは、金色の髪の美しい少女。
威風堂々としたその姿は王者の風格を纏っている。
それはフランが待ち望んだ人物だった。
「え?うそ……!?」
フランは心の中で呼び続けた親友が本当に現れた事に驚愕する。
それと同時に嬉しさと安堵の余り、ポロポロと涙が零れてしまった。
その少女はメリアナの火球を攻撃魔法ではなく、ただの生活の為の火に例えた。
それはメリアナのプライドを大きく傷つけた。
怒りに燃えた赤い瞳がその金色の少女を射貫く。
「アグリ・カルティア……」
メリアナは苛立ちを隠そうともせずにその名を呼んだ。
メリアナの取り巻き達は、その少女を見て一歩後ずさる。
自分達が威を借るは公爵家であるにも拘わらず、それよりも爵位が低い侯爵家の令嬢の方が恐ろしいのだ。
容姿だけでなく、魔力も膨大であり、更に王子殿下に匹敵する程学問にも精通している。
アグリ・カルティアの前では公爵家、いや王家の威光すらも霞むように感じられた。
彼女はまだ僅かな威圧すらも行っていないと言うのに。
しかし、メリアナ・アルビオスは知っている。
アグリ・カルティアのスキルは『生産系』であるという事を。
そんなスキルは格下と見下しているメリアナだが、だからこそ自分のスキルをバカにされた事が許せなかった。
そして後先を考えずに——火球を放ってしまった。
王城内で魔法による他者への攻撃など、大問題になるであろうに。
それを躊躇無くやってしまうのがメリアナの恐ろしいところである。
「きゃあっ!!」
フランは放たれた火球に悲鳴を上げた。
しかし、その火球はアグリ達の下へは届かずに、急速に地面へと落下してしまった。
「は?」
自分の魔法が地面へと吸い寄せられるように落下した事に、メリアナは困惑する。
そしてアグリの前に2つの白い影が舞い降りた。
「まったく、お嬢様は。護衛を連れずに移動すんなよな」
「お嬢様、一人で行動しちゃダメなの」
獣のような耳を頭頂部に生やした白髪の少女達がアグリに抗議する。
「ごめんね。ちょっと急いでたものだから」
言葉遣いのなっていない護衛達に、怒るでもなく謝罪する。
貴族としてはおかしな行動なのだが、アグリがやるとごく自然なように見えてしまった。
その場にいる誰もが、アグリのカリスマ性を深層心理で認めてしまっている。
彼女のする事に間違いなど無いかのように……。
しかしメリアナだけは憤る。
「その犬っころ、見覚えがあるわね。そんなクズスキルしか持たない役立たずを飼ってるなんて、侯爵家も落ちたものね」
相手を憤慨させようと発した言葉は、誰の心にも響かず空しく漂った。
メリアナの取り巻きですら、この場においてはアグリこそが正しいと思えてしまっている。
故に、滑稽。
「あら、あなたが手放してくれたお陰で素晴らしい護衛を手に入れる事が出来たわ。ありがとう」
返された言葉が感謝であった事で、メリアナは我を忘れた。
怒りにまかせ、火球を連続でアグリに向けて放つ。
しかし、それの悉くが地面に縫い付けられていく。
それはまさに篝火と化していた。
「王城の芝生に火を灯すのはよろしくない事ですわ。『焼畑』!」
アグリがその言葉を唱えた瞬間、地面で燃えていた火球達を覆い尽くす程の業火が大地より吹き出した。
「「「きゃあああああっ!!」」」
メリアナの取り巻き達は、その炎の燃え盛る様に腰を抜かして逃げだそうと藻掻く。
程なくしてその業火は沈静化し、そこは炎の一欠片も無い焦土と化していた。
「くっ!その程度の炎でいい気になるなぁっ!!」
怒りに燃えるメリアナは長い詠唱を開始する。
それをアグリは敢えて待っているように静かに見つめた。
そして放たれたのは巨大な炎の槍。
メリアナはそれをアグリに向けて放った。
しかし、アグリに向かう途中、その炎の槍は消失してしまう。
そして全く見当違いの場所である、訓練用の的の前に現れてそのまま突き刺さった。
「は?え?」
困惑するメリアナ。
「正確に的を射貫きましたわね。とても良い精度の魔法です」
アグリはあえて褒め称える事で、狙った場所に当たらなかった事を揶揄した。
そして魔力を開放し、夕日を遮る程の巨大な雨雲を呼んだ。
「さて、私の親友にちょっかい出してくださったお礼として、私の魔法を見せて差し上げますわ。あの炎の槍が突き刺さった的をご覧ください」
その場にいる全員が恐る恐る的の方へ視線を向けた。
瞬間——
「『稲妻』っ!!」
天より光の槌が振り下ろされた。
「「「きゃああああああああっ!!」」」
連続で的に落雷し、轟音と地響きで周囲は喧騒に包まれる。
それはその場にいた全員に恐怖の二文字を植え付ける事となった。
メリアナの取り巻き達は今後アグリの姿を見ただけで恐慌に陥る事だろう。
永遠に続くかに思われた轟音が止んだ時、周囲を大勢の兵士達が取り囲んだ。
「これは何事ですかっ!?」
兵士達の隊長らしき人物が声を上げると、アグリは周囲に聞こえないよう呟いた。
「やっべ、やり過ぎちった……」
「「お嬢様ェ……」」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その光景を離れた場所から一人の少女が覗いていた。
「な、何よ今の魔法は……?あんな魔法、この物語にあった?」
少女の姿は透明で、周囲の人々からは見えない。
しかし、声だけは聞こえてくるので、付近にいる者は皆首を傾げていた。
「あれって、悪役令嬢のアグリ・カルティア?それに同じく悪役令嬢のメリアナ・アルビオスよね。あの2人って仲悪かったんだ。そんな描写無かったから知らなかったわ」
少女の呟きは、例え聞こえていたとしても誰も理解出来なかったであろう。
この世界の住人には……。
「アグリ・カルティアは不遇スキルを得てしまって性格がねじ曲がった筈だけど……あれが不遇?あんなの相手に勝てると思えないんですけど」
凄まじい威力の魔法を見てしまって、戦く少女。
「でも攻略対象の王子様をゲットするには、婚約者である悪役令嬢が断罪されなきゃいけないのよね。王子様の攻略ルートは悪役令嬢が2人もいて大変だけど、絶対何とかするんだから。わざわざ一度しか手に入らない『幻影の滴』で姿を隠してまで情報を得に来たんだし、失敗は許されないわ。もっとも、まだ男爵令嬢ですらない今の私に出来る事なんて、魔力を増やす事ぐらいしかないけど……」
姿の見えない少女は拳を握りしめる。
「でもでも、今日見た王子様は可愛かったわ〜!この物語の主人公は私なんだし、絶対、絶対攻略してやるんだからねっ!!」
不穏の種が芽吹くのは、もう少し先の未来……。