スキル報告1(本人不在)
夕刻、セヴァスは侯爵邸の執務室へ報告するために入室したのだが、そこに普段は居ない筈の人物がいて困惑する。
「奥様、執務室へいらっしゃるとは珍しいですね」
「ごめんなさい。仕事の邪魔をするつもりは無いのだけど、アグリの事の報告だろうから無理を言って私も部屋に入れて貰ったの」
侯爵夫人であるファム・カルティアは申し訳なさそうにしながらも、絶対に退出する気は無いという意思を目で示していた。
ちらりと主であるハーベスト・カルティア侯爵の方へ確認の視線を送れば、首肯を返された為、セヴァスは承諾するしか無かった。
確かに娘の事であるのだから気になるのも仕方がないだろう。
スキルに関する情報は本来外部への流出を防ぐ為にも、家族内であろうと秘匿するのが普通である。
夫人もそれは重々承知した上で、話を聞きたいと無理を押し通したのだ。
セヴァスは一応事情を知っており、これから報告する事は正に夫人が憂いているであろう事の為、少々気が重くなった。
「では私の視点からのご報告を致します。先程お二方もご覧になった通り、丘を跡形も無く消し飛ばす程の威力がお嬢様のスキルにはあるようです。しかしあの雷鳴を呼ぶ魔法には少しだけ違和感がありました」
「うむ……。無詠唱だな」
「やはりお気づきになられていましたか」
セヴァスが夫人の様子を覗うと、夫人も気付いていたかのような表情を見せた。
そして侯爵がセヴァスの先手を取って話す。
「つまり、娘のスキルは『生産系』である可能性が高いという事か……」
「私もそう思いましたが、まだ可能性の段階です。お嬢様は王族に並ぶ程の魔力の持ち主であり、幼少期よりその扱いも類い希なる才能を見せて参りました。故に、いきなり無詠唱でスキルを使えただけかも知れません」
セヴァスの評価は決して過大ではない。
アグリが貴族の間でも噂になる程の天才である事は間違い無かった。
「それにあの威力を生産系スキルで出すというのは無理があります」
「確かにそこが不思議だ。生産系スキルは使い方次第で高威力を出せる事もあるとはいえ、あれ程の魔法はやはり『戦闘系』でしかありえんからな」
「同感です。そして、ここからがお二人が屋敷に戻られてからの報告となります。お嬢様は魔法についてある言及をされました」
一拍置いてセヴァスは続ける。
「『私のスキルは土系の方が相性が良さそう』と……」
「な、なんだとっ!?」
「セヴァス、それは本当なのですか!?」
侯爵だけでなく、それまで黙って話を聞いていた夫人も思わず声を上げた。
それ程この世界の常識からかけ離れている事が起こっている。
「はい、間違い無くおっしゃいました。俄には信じ難いのですが、あれだけの威力を放った雷系魔法よりも親和性の高いもう一つの系統の魔法も使えると」
「二系統の魔法を使える者は珍しくは無いが、一系統を極めたスキルに比べると威力が落ちてしまうものだ。それがあの威力で二系統、しかもあの雷系以上に親和性が高い系統を持つとは。まさか『勇者』スキルなのでは……?」
「あなた、いくら何でも飛躍しすぎですわ。しかしそれ程魔法適正が高いという事は『生産系』ではなくやはり『戦闘系』スキルだったのではないですか?」
驚きの声を上げる侯爵と、少し安堵した表情の夫人が対照的だ。
しかし続くセヴァスの報告に、二人は更なる衝撃を受ける事になる。
「それだけではありません。なんとお嬢様は『召喚』まで行ったのです」
「なっ……!?」
「嘘でしょう……!?」
あまりの驚きに声を失ってしまう侯爵夫妻。
暫しの静寂が執務室内に訪れる。
そしてその静寂を侯爵の安堵の溜息が破った。
「正に規格外のスキルだな。二系統だけでも埒外であろうに、ある種別枠とも言える召喚の系統まで使えるとは。明らかに『戦闘系』の中でも他と一線を画すだろう。一安心と思いたいが、これは逆に少々手を回す必要があるかも知れん程だな」
肩の荷が下りたと言わんばかりの侯爵。
しかし侯爵とは違い、何故か夫人の顔色は優れない。
それに気付いた侯爵は夫人を気遣うように話しかけた。
「どうしたファム?何か気に掛かる事でもあったか?」
「『召喚』というのがちょっと引っ掛かって……。セヴァス、アグリが召喚したものは何ですか?」
先程まで嬉々として報告していたセヴァスから表情が抜け落ちる。
報告しない訳にはいかないセヴァスは、重くなってしまう口を無理矢理開いた。
「『鍬』です……」
その言葉に、氷系の魔法でも使われたのかと思う様に、侯爵夫妻は動きを止めた。