お嬢様(ヤン視点)
わたしの名前はヤン。
牙狼族の長老の孫として生まれた。
双子の妹の名前はマー。
ちょっと臆病な性格で、いつもわたしの後ろに隠れている。
わたし達の両親は、わたし達が生まれてすぐに魔物の氾濫で命を落としたそうだ。
何故か牙狼族の村人達は、それをわたし達のせいにした。
「白髪はやはり不吉だ!」
「忌み子に違いない!」
「村長、そんな子供達早く村の外に捨てろ!」
でも祖父である村長はわたし達姉妹を捨てずに育ててくれた。
村中の非難から、わたし達を守ってくれていた。
そして、わたし達に関する秘密を教えてくれた。
もうこの村では誰も知らない秘密。
「白髪は決して災いをもたらすものではないよ。それは王となる者『フェンリル種』の証なのだから。でも、この事はお前達が力を身に付けるまで、絶対に誰にも言ってはいけない。必ず悪用しようとする者が現れるからの」
「うん、分かった」
「はいなの」
大人になって誰にも負けない力を身に付けたら、王になって皆を見返してやろうと思った。
でも、それは叶いそうに無かった。
再び魔物の氾濫が起こり、わたし達を庇って祖父も帰らぬ人となった。
わたし達を保護する者が居なくなったのをいいことに、村人達はわたし達を奴隷商人に売り渡してしまった。
奴隷となったわたし達はある貴族に買われる。
傲慢で我が儘な女の子がわたし達の最初の主となった。
わたしもマーも、その女の子がとても嫌いだった。
しかし、逆らう事も出来ないので、言われるがまま過ごすしか無かった。
ある日、女の子が別の奴隷を連れて来た。
そいつは何か不気味な雰囲気の奴隷だった。
「この白い犬達にスキル降ろしをするから、お前の能力でスキルを強化して」
「しょ、承知しました……」
わたしと妹は訳も分からないままに、教会に連れて行かれてしまう。
そこで『スキル降ろし』という儀式をやらされた。
本来は獣人には行わない儀式らしく、女の子が権力を使って無理矢理やらせたらしい。
スキル降ろしは何か不思議な感覚だった。
今まで感じた事のない、天から力を与えられるような感覚。
「スキルはどうだったの?」
「も、申し訳ございません。この2人は魂の力が強すぎて殆ど干渉出来ませんでした」
「はぁ?使えないわね」
女の子は大層ご立腹だった。
「まぁいいわ。スキルを使ってみなさいよ」
誰にも教わっていないのに、不思議とスキルの使い方は分かった。
そして、あまり有用ではないスキルである事も理解出来てしまった。
わたしのスキルは『重力』。
物を20〜30kg程重く出来るだけ。
身体強化を使われたら殆ど感じ無い程度の重さだろうと思う。
せっかくスキルを得たけど、全然強くなれた気はしなかった。
わたしのスキルを見た女の子にも、
「何それ、しょぼ」
と馬鹿にされてしまう。
そして、妹のは『瞬間移動』という一見凄そうなスキルだった。
しかしそれも1m程移動出来るだけで、自分以外の人間を運んだりは出来ないらしい。
当然の如く、女の子には馬鹿にされてしまった。
「こんな使えない奴隷いらないわ。処分しましょう」
そう言われた時、なんとか自分の価値を示そうと、わたし達が『フェンリル種』である事を女の子に伝えようとした。
でもそれを、妹が止めた。
「それは言っちゃダメなの」
結果として、私達は捨てられた。
私達を連れて来たのとは別の奴隷商に引き取られる事になった。
「なぁ、マー。なんであそこで止めたんだよ?」
「あそこで価値を示したら、ずっとあの嫌な女の子の奴隷だった。それよりも捨てられて、新しいちゃんとしたご主人様に拾って貰った方がいいの」
「なるほど。それもそうだな」
妹のマーは臆病なだけかと思ってたけど、けっこう強かな面もあるんだと初めて知った。
それから暫く経って、わたし達は一緒にいたいと思えるような女の子に出会う。
「くだらないわね」
その女の子はわたしの『復讐』という言葉を一蹴した。
最初は頭にきたけど、話を聞いてるうちに自分の方が愚かしい事に気付いた。
復讐とか言っておきながらも、あんな牙狼族の奴らには二度と会いたく無いと思ってた事を見透かされてたみたいだ。
たしかにこの女の子の言う通り、あいつらの思い通りになってやる方が嫌だ。
そして、この女の子の下でなら、わたしは奴隷になってもいいと思えた。
妹のマーと視線を合わせると、マーも同じ気持ちである事が分かった。
同時に頷き、わたし達はその女の子の奴隷になる事を決めた。
女の子は護衛の人に『お嬢様』と呼ばれていたので、わたし達もそう呼ぶ事にした。
お嬢様は何か不思議な人だ。
白い鉄の箱みたいなゴーレムを召喚出来るし、天気まで操る。
きっと、わたし達のスキルとは比べものにならない強力なスキルを持っているに違いないと思った。
そのお嬢様が私達をゴーレムの荷台に載せて最初に向かったのは、何故か市場だった。
そこで『サツマイモの苗』を探して買っていた。
なんで貴族のお嬢様がイモ——しかも苗なんて買ってるんだろう?
「これで育てたサツマイモで山吹色のお菓子を作るのよ」
何言ってるのか全然分からなかった。
貴族なのにイモ育てるのか?
訳分からな過ぎて、お腹が減ってきた。
「お嬢様、お腹空いた……」
「わたしもお腹空っぽなの……」
わたしとマーが眼でうったえると、お嬢様はどこからか食べ物を出してくれた。
それは『おにぎり』というものだった。
わたし達牙狼族は、穀物よりお肉の方が好きなんだけどなぁ……なんだこれ、めっちゃ美味!!
こんなに甘みのある穀物食った事ないんだけど!
周りに巻いてある海苔とかいう黒いのも、パリパリしててめっちゃ美味い!
わたしとマーは、夢中で貪った。
「「おかわり!」」
「ダメよ。屋敷に帰ったらご飯があるから、これ以上は我慢して」
「「むぅ……」」
確かにお嬢様の言う通り、今食べちゃうとせっかくのご飯食べられなくなりそうだ。
それにしても、穀物がこんなに美味いなんて知らなかった。
と、お嬢様が何やら護衛の人に内緒でこっそりとわたし達に耳打ちして来た。
「私の『農奴』になって農業やれば、もっと美味しい食べ物が食べれるわよ?本当は強制的に『農奴』に出来なくも無いんだけど、それは貴族として、いや人としてやっちゃいけない事だから。一応意思確認をね」
「美味しい食べ物って、穀物か?わたしは肉の方が好きなんだけど」
「わたしもお肉の方が好きなの」
「大丈夫よ。農業には酪農もあって、牛や豚を育てて美味しいお肉にする事も出来るから」
それを聞いたわたしと妹に、否という答えなど存在しなかった。
「「『農奴』になります!」」
農奴って何なのかよく分からないけど、お嬢様なら信じられるし。
わたしと妹のマーは、お嬢様のスキルによって『農奴』というものになった。
そして農奴になった瞬間、わたしとマーの中にある『フェンリル種』の能力が覚醒した。