天気
「ではこれで契約完了となります」
商会長が魔導具で私と獣人の少女達の手の甲に印を押す。
印はすぐに消えたが、同時に何か繋がりのようなものが体の奥に刻まれたのが分かった。
これが奴隷契約ね。
私のスキルによる農奴とはまた少し違った感覚だわ。
繋がりとは言っても強制力がある訳じゃない。
でも奴隷が不誠実な事をした場合は、主にそれが伝わってしまう。
清廉潔白とはいかずとも、従順に尽くしていなければ主からの信頼を損なうという仕組みだ。
もっともそれは主側も同じで、法律に則って奴隷を扱わない場合は奴隷側から訴える事も可能である。
まぁ貴族の中にはそれすらも揉み消してしまう奴もいるけど。
この少女達もその被害者だろう。
不当な理由で強制的に放棄なんて、してはならなかった筈だ。
一応、彼女らを手放したという貴族について商会長に聞いてみたけど、
「申し訳ありません。それにお答えする事は出来ません」
と言われてしまった。
その言葉の裏を取れば、私よりも立場が上の貴族なので答えられないという事だろう。
侯爵より上なんて公爵か王族しかいないじゃないのよ。
王族とは懇意にしてるけど、そんな事をする人達ではない。
仮にそんな者が王族内にいるとしたら、グレイン殿下がそれを許さないだろう。
とすれば、残るは三大公爵のうちのいずれか……。
私の親友フランちゃんの家であるキリク公爵家は、絶対にそんな事はしない。
また、レコンギス公爵家も武士のように規律を守る気骨ある貴族なので、ありえないと思う。
まぁ消去法でアルビオス公爵家しか思い浮かばないわね。
あそこのメリアナ嬢は私の事を目の敵にしてるから、あんまり近づきたくないのだけど、そこが手放したヤンとマーを護衛に付けてたら、きっとまた絡まれるだろうなぁ……。
憂鬱。
とりあえず奴隷は購入したんだし、用は済んだ。
私は商会長にお礼を言って商館を出る事にする。
「商会長、かなり安くして貰ったけど良かったのかしら?」
「はい。先程も申しました通り、訳ありの奴隷でしたので。引き取っていただけて有り難いぐらいです」
「そう。ならお互いに良い取引だったわね。今度、山吹色のお菓子をお持ちするわ」
「おお、それはとても楽しみです。私あの菓子が大好物でして。単純に砂糖だけで作った菓子には、あのまろやかな甘みは出せませんからね」
商会長の為にも、サツマイモの栽培を成功させないとね。
先ずは市場で苗を探さないと。
私達は、ヤンとマーを連れて商館の外へ出た。
駆け足で先に出たヤンとマーは、何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回し始めた。
「あれ?お嬢様、馬車がないぞ」
「歩いて帰るのです?」
「これに乗って行くのよ」
私が軽トラを召喚すると、ヤンとマーはこれでもかと眼を見開いて驚いていた。
「な、なんだこの白い箱っ!?鉄で出来てるのか?」
「これに乗るですかっ?」
「これは私のゴーレム——みたいなものよ。私とセヴァスは前に乗るから、悪いけど貴方達は後ろの荷台に乗ってね」
大きいトラックは街中じゃ走れないから、申し訳無いがヤンとマーには荷台に載って貰う事にした。
すると、ヤンとマーは、何やら鼻をクンクンと動かして周囲の臭いを嗅ぎ始めた。
そして少し悲しそうな顔をする。
「お嬢様、うちらは奴隷だからあんまり文句は言えないけど……。もうすぐ雨が降るから、出来ればこの白い箱の後ろにも屋根付けてほしいぞ」
「あと5分で降るの」
え?ほんとに?
そういえば心なしか、遠くの雲が少し黒っぽくなってるような気がする。
軽い気持ちで荷台にって言ったけど、雨が降るのなら悪い事をしたわね……。
じゃなくて、ちょっと待って。
「貴方達、天気が予測できるの!?」
「うん。うちらは牙狼族の中でもとびきり鼻が利くからな。雨や風の臭いで天気の変わり目が分かるぜ」
「暫く同じ地に止まってれば、1週間ぐらい先の天気も分かるようになるの」
そんな感じのスキルじゃなかったのに、野生の勘がもの凄く優れているのだろうか?
分単位で天気を予測出来るなんて、農家にとってはとても有用な能力じゃないの。
この2人、実はかなり凄いのでは?
まぁ、天気を操れる私にはあんまり関係無いけど。
「『稲刈り日和』!」
私がスキルを発動すると、雲は瞬く間に散って行き、空は稲刈りに最適な快晴へと変わった。
「んなっ!?急に天気が変わった!?」
「雨雲の臭いが消えていったの……」
「お嬢様、今何かやったのか!?」
「ちょっとスキルで天気を操っただけよ。これで晴れたから大丈夫よね」
「天気を操るって……いったいどんなスキルなんだよ」
『農業』スキルですが何か?