獣人の少女達
鉄格子越しに私の方を見つめる二対の瞳。
一人は挑むような眼、もう一人は怯えながらもこちらを観察しているような眼。
私は、2人の可愛らしい白髪獣人の少女達に魅入ってしまっていた。
それと同時に、子供が奴隷となっている事に対する憤りが心の中で高まっていく。
「お嬢様、魔力を抑えてください。奴隷達が怯えております」
おっと、無意識に魔力が高まってしまっていたようね。
屈強な奴隷達ですら緊張によって身構えてしまっている。
すぐ側にいた商会長は腰を抜かしていた。
「商会長、申し訳ありません。心得ていると言っておきながら、『子供』が奴隷になっている事で少々取り乱しました。この子達が訳ありでしょうか?」
子供の部分を強調して商会長に話しかけると、商会長は怯えながら首を縦に振った。
「は、はい。元々は他の奴隷商人が、牙狼族の村で忌み子として扱われていたところを買い取ったらしいのです。そして高位貴族が珍しいからと購入したのですが、その後スキルおろしでハズレを引いたという事で、こちらで何とかしろと押し付けられました」
子供の奴隷は一応違法では無い。
口減らしとして仕方無く奴隷商人に売り渡す事もあるという。
それでも貴族に買われるのであれば、幼いながらも働かなくてはならないが食うには困らなくなるので、必ずしも悪い事とは言えない。
この世界では当たり前の事なのだけれど、やはり前世の知識がある私としては抵抗があるわね。
それにしてもおかしな事を言う。
このスキルがハズレ?
どう見ても戦闘系最強クラスのスキルですけど?
「商会長、今のお話で少々疑問に思う部分があったのですが。このスキルはハズレなのですか?」
「どちらも無詠唱で発動した事から、生産系スキルに分類されると判断されたようでして……」
生産系スキルは確かに無詠唱で発動出来るものだけど、普通に戦闘系スキルでも無詠唱が可能な場合もある。
お父様は魔術師系スキルでありながら、普通に無詠唱だし。
この子達も、実は才能があるから無詠唱で発動できちゃったんじゃないかしら?
だとしたらとんだ拾いものよ。
それに恐らく、直接的に相手にダメージを与える系統じゃないから、戦闘系ではないと思われたのかもね。
と、私と商会長が話していると、鉄格子の向こうから獣人の少女が話しかけてきた。
「なぁ、あんた。うちらを買ってくれないか?」
挑むような眼で見て来ていた、勝ち気そうな少女だ。
まぁこの子達は是が非でも購入しようと心に決めたけど、一応話はしてみようかな。
「貴方達を買えとおっしゃるの?」
「ああ。何でもするから、買ってここから出してくれ」
何でもするね……。
こんな少女がそこまでして出たいと願う理由は何?
ここの生活は鉄格子の中とはいえ、そこそこいい暮らしをしているように見えるけど、獣人の血でも騒いで外を駆け回りたくなってるのかしら?
「何でもするなんて、軽々しく言うものではないわよ。何かここから出たい理由でもあるのかしら?」
私が問うと、少女は私と視線を合わせたまま目つきを鋭くする。
「復讐だ」
あら、穏やかじゃないわね。
「うちら姉妹を奴隷に落とした牙狼族の奴らに復讐してやる。一人残らずぶっ殺してやるんだ!」
あー、あるある。
狭い社会でつまはじきにされてると、全てが憎くなっちゃうよねぇ。
前世でも村八分なんてものがあったし。
まぁその村八分にされた奴、動画配信者になって村の総収入より稼いでたけどね。
ネット社会なら狭い地域に拘る必要無いけど、この世界ではちょっと難しいか。
でも……、
「くだらないわね」
「なんだとっ!?」
私の言葉に獣人の少女が噛み付いてくる。
実際に噛み付かれてる訳じゃないけど、いまや自分の全てを賭けているであろうものを否定されたからか、凄い剣幕で私を睨んでいる。
でも私も止めないよ。
「貴方はその牙狼族が嫌いなのでしょう?」
「当たり前だ!」
「なら、どうしてそいつらの思い通りになろうとしてるの?」
「はぁ?」
「牙狼族は貴方達に不幸になって欲しいから奴隷に落としたのでしょう?そして貴方達は復讐なんていうくだらない事に時間を費やす事で、せっかくの人生が不幸なものになってしまうわ。つまり、その馬鹿共の思い通りになってるのよ。実にくだらないと思わない?」
少女は私の言った事に驚きの表情を浮かべ、そして少し俯いて考え始めた。
存外血の気が多いのかと思いきや、ちゃんと人の話も聞くのね。
そしてもう一人の獣人の少女は、直ぐに私の言った事を理解したようで眼を瞬かせていた。
さて、もう一押し。
「貴方達には復讐なんてくだらない事に時間を費やさないで欲しいわね。幸せになってやる事こそ真の報復なのだから。私の下で幸せになると誓えるなら、貴方達を購入してあげるわ」
さて、それでも復讐を望むと言った場合はどうしようかな?
少女達はお互いを見つめ合って、目だけで会話しているようだった。
暫く待つと、一緒に頷き私の方へと向き直る。
「復讐は止める。あんたの下で幸せになると誓うので、買ってください」
ふむ、良き返事だ。
「と言う事なので商会長、こちらの2人をお願いします」
商会長は、何やら頬を染めてこちらを見ていた。
そして恭しく頭を下げる。
「承知致しました」
商会長、何かおかしな目でこちらを見つめてたんだけど、どうしたんだろう?
まるで何かに魅了された狂信者のようでちょっと怖いよ……。
あんまり深く追求したら藪蛇出そうだから、ほっくけどね。
さて、2人の少女の名前を聞いておかないと。
「貴方達、お名前は?」
「わたしはヤンだ」
「わたしはマーなの……」
ふむ、どこかで聞いた事あるような名前ね。
どこだったかな?
すると今まで何も言わなかったセヴァスが口を挟む。
「お嬢様、今日は護衛になる奴隷を買いに来たのですが?」
あぁ、お母様にセヴァスと良く相談するように言われてたけど、結局私一人で勝手に決めてしまったわ。
でも子供が奴隷として売られてるのを見たら、見過ごせないじゃない。
「この2人でいいでしょう?セヴァスが稽古を付けてくれればきっといい護衛になるわ」
「……はぁ。これは何を言っても聞かない感じですね。承知しました。不肖ながらこのセヴァス、ヤン嬢とマー嬢を鍛えさせていただきます」
うん、やっぱりどこかで聞いた名前だ……。
何度も言いますが、この物語はフィクションであり且つファンタジーなので、実在の人物・団体・商品等とは一切関係ありません。