殿下達とスキル降ろし
王城の一室、第一王子グレインの私室の扉が勢いよく開かれた。
「お兄様、戻りましたわ!」
「姉様、ノックしないと叱られますよ」
第一王女シリアがノックもせずに扉を開けた事に、弟である第二王子のコルンが諌言する。
グレインは、妹のシリアが急に扉を開ける事には慣れっこなので、さほど驚いた素振りは見せなかった。
しかし、注意はしなければと顔を引き締める。
「シリア。もう君も7歳になったのだから、淑女らしく振る舞いなさい」
「勿論それは心得ております。今ノックしなかったのは私達を呼び戻した事への嫌がらせですから」
あまりにも堂々と嫌がらせと称した為、グレインは呆気にとられてしまった。
「君達を呼び戻したのは、アグリ嬢に余計な事を言って欲しくないからだ。シリアの事だから、また余計なお節介を焼こうとしたんだろうけど、無用だからね。途中で連絡がついて良かったよ」
ふぅ、と溜息をつくグレイン。
何を安堵しているのやらと、鼻息を吐いてシリアは告げた。
「アグリお姉様にはお会いしましたよ」
「な、何だってっ!?」
途中で引き返させたのだから、侯爵領主邸までは辿り着いていない筈なのに、どういう事なのか?
グレインの中で疑問が湧き出す。
「お姉様は王族主催のパーティに参加なさる為、領主邸から王都へ向かって来るところだったのです」
「えっ!?アグリ嬢はパーティに参加する予定なのか?侯爵領にいると聞いていたので、パーティの日時には間に合わないだろう思ってたが……そうか、こちらに戻ってくるのか」
「既に王都に到着されて、王都中の噂の的ですわ」
「は?噂の的?」
何故噂の的になるのだろうかとグレインは思う。
確かに見目麗しき少女なので街を歩くだけで誰もが目を向けるだろうが、貴族は普通馬車で移動するものなので顔を見られるとは思えない。
それで噂の的になどなるだろうか?
「ええ。盗賊40人を捕らえて巨大ゴーレムで凱旋したのですから」
「ぶふーっ!!」
「汚いですわ、お兄様!」
「盗賊40人!?巨大ゴーレム!?」
「私達が盗賊に襲われていたところを助けていただきました。その後で巨大ゴーレムにも乗せてもらいましたわ」
理解し難い言葉が綴られる中で、とても聞き逃せない単語がグレインの耳に残った。
「盗賊に襲われたのか?」
「はい。……あ、これ言っちゃダメなやつでしたわ」
言わなかったところで、後で報告が上がってくるだろうから同じ事なのだが、大人びた言動をしてもまだまだ子供であるシリアには分からなかった。
「だからお忍びなんてダメって言っただろう!」
それから暫くグレインによる説教が続く——かと思われたが、思わぬ反撃を受ける。
「それもこれもお兄様がヘタレだからですわ!」
「な、何だって!?」
「お兄様がちゃんとアグリお姉様に告白出来ていれば、私が余計な世話を焼く事も無かったのですから」
「ぐっ……」
それを言われては何も言い返せない。
「姉様、確かにお兄様はヘタレですが、そうはっきり言っては可哀想ですよ」
「コルン、お前もか……」
味方と思っていた弟からも追撃を受け、もはやグレインの精神は気息奄奄である。
「だから私がアグリお姉様の威光を王都に広めて参りました」
小さな胸を張ってシリアがドヤ顔で兄の方を見た。
「ただ誤算だったのは、『ぜひ王妃に』という声よりも『魔導師団長になって王都を護って欲しい』という声の方が多かった事でしょうか……」
何故か第一王子グレインは、これ以上弟妹達に引っかき回されると全て破談になってしまうような不安に襲われた。
そして次のパーティでこそ、必ず侯爵令嬢アグリ・カルティアに告白しようと決意したのであった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
王都の南側にある教会では、その日『スキル降ろし』の儀式が執り行われようとしていた。
スキル降ろしに使われる水晶は数が限られる為、王都に複数ある教会で順番に持ち回ることになっている。
そして今日が順番になったこの教会には、錚々たる面子が揃っていた。
王国の南側には各公爵家の領地が並ぶ。
その縮図として王都の南側にもまた、公爵邸とそれに準ずる高位貴族邸が集中していた。
それら貴族の子息子女達が多数、教会へと参じたのである。
その年の公爵家からは2人の娘が儀式を受ける。
一人はアルビオス公爵が息女、メリアナ。
もう一人はキリク公爵が息女、フラン。
いずれも第一王子グレインの婚約者候補である。
先に儀式を受けたのはメリアナであった。
貴族の権威を振りかざし居並ぶ平民達を押しのけて、いの一番に儀式を受けた。
儀式を終え、勝ち誇ったような顔を浮かべるメリアナ。
そのメリアナが手の平を上に向けると、そこから轟々と燃え盛る炎の球が現れた。
教会内で魔法を使うなど暴挙にも程があるが、皆はその炎の光に魅入ってしまっていた。
その炎を見るだけで、いかに強力なスキルを得られたかが分かる。
当然であるが、その炎を何処かに飛ばせば大問題になるので、メリアナは直ぐに炎を消した。
ただ強いスキルを得たというパフォーマンス。
誰もが思った。
そしてメリアナは帰り際にフランの横を通り、そっと耳打ちする。
「あなた、何か生産系スキルを授かりそうね」
いつもの嫌がらせだと思い、フランは気に止めるつもりもなかった。
しかし、メリアナは不気味に嗤い、その場を後にする。
フランはその顔が、妙に頭に残ってしまった。
メリアナとは違い、平民を押しのけるような事をしないフランは、じっと順番を待つ。
そしてようやく自分の番が来た。
登壇して水晶に手を翳すと、視界が歪み、天から何かが降りてくる。
その際、おかしな感覚を覚えた。
何か外部から魔力の干渉を受けたかのような——。
しかし、その違和感が何だったのかまでは、フランには分からなかった。
程なくして儀式が終了し、得られたスキルに感覚を沿わせる。
取得したスキルは——『料理』。
先程のメリアナの言葉を思い出し、教会の入口へ視線を向けるも、もうそこにメリアナの姿は無かった。
何かをされた可能性を考えても、もう遅い。
両親にどう話したらいいのかを考えながら、フランは親友の名を口にした。
「助けて、アグリちゃん……」