盗賊
左右を森林に挟まれている王都へと続く街道。
日の光を遮っている森林は暗く、とても視界が悪い。
その日その街道を通りかかった馬車は、あっという間に森の影から現れた数十人の盗賊達に囲まれてしまった。
この侯爵領の街道は治安が良いので、見通しが悪い箇所であろうと今まで盗賊など居なかった筈である。
しかし運悪くか、はたまた仕組まれたのか、侯爵領の兵達は北部の魔物討伐に駆り出されていたため、この付近の警戒が疎かになっていた。
だが護衛の騎士達にそんな事を嘆いている暇など無い。
なんとしてでも馬車を守り、盗賊達を退けねばならないのだ。
そうは言っても敵は圧倒的多数。
馬車には護衛の騎士が10人付いており皆手練れであったが、数の差で徐々に押され始めていた。
「ヒャッハー!」
次々に飛びかかってくる盗賊を、スキルを使いながらなんとかはね除けていく。
しかし、魔法を使う隙を得られない為、数の不利を逆転させる一手が打てずにいた。
このままではジリ貧だ。
騎士達の中に悲壮感が漂い始めた時、遠くからこちらの方へと何やら轟音が響いてきた。
それには盗賊達も気付いたらしく、少しだけ攻撃が緩んだ。
何の音なのか?
信じられない程高速で近づいて来ているようなので、魔物なのかも知れない。
だが、それの姿が露わになってくるに連れ、魔物よりも遙かに奇妙なものである事に、その場にいる全員が戦いた。
それは白い鉄の箱のようなもの。
そして中に美しき女性と少女が収まっているように見えた。
もの凄い早さで近づいてくる為、衝突を避けるために盗賊達は一旦手を止め、森の中へ逃げ込もうとした。
しかし、その白い鉄の箱は急停止したので事なきを得る。
「なんだぁ、ありゃ?」
盗賊の頭らしき人物は、白い鉄の箱の登場に首を傾げる。
しかし、中に収まっている女性達の美しさに、欲望が湧き上がった。
「何だか知らねぇが、中に収まってる女共は上玉だ。お前ら、どっちも捕まえろ」
この判断が彼の命運を最悪へと誘った。
「イヤッハー!!」
白い鉄の箱に飛びかかっていく盗賊達。
しかしそこへ到達する前に、彼らは突如不自然に崩れ落ちた。
「なっ!?攻撃だとっ!?」
盗賊の頭は、相手が女性であっても警戒すべきだったと思い直す。
この世界にはスキルがある。
見かけがか弱かろうと、そんなものはスキルの存在だけで簡単に覆るのだ。
しかも見目麗しい女性であれば、強力なスキルを持つ貴族である可能性も高い。
だが、そんな警戒も時既に遅し。
彼女らが現れた時点でもう勝負は決していた。
白い鉄の箱から少女が地面に降り立つ。
それと同時に、少女の脇に不可思議なものが新たに現れた。
馬車の車輪のようなものを前後に付けた乗り物らしきもの——。
それに少女が跨がると、先程の白い鉄の箱に匹敵する程の速度で走り始めた。
高速で盗賊達のど真ん中に走り込むと、急旋回し、後ろの車輪で盗賊達をなぎ倒していく。
そして今度は前の車輪を持ち上げるような体勢になり、そのまま走りながら盗賊達を蹴散らしていった。
練度の高い騎馬兵でもあそこまでの動きは出来ないだろう。
あっという間に盗賊は全て地に伏し、残るは盗賊の頭だけとなってしまった。
しかし盗賊の頭は慌てない。
戦闘系のスキルを持ち、特に身体能力強化による腕力強化は他の追随を許さない程。
各地の憲兵を腕力だけでねじ伏せる事で、今日まで盗賊として生き抜いて来れた自負があるのだ。
故に、恐るるに足らず——と思ってしまった。
スキルを発動し、まずは一番厄介と思われる少女を、その二輪の乗り物から引きずり下ろそうとした。
盗賊の頭が丸太のような腕で、少女の華奢な腕を掴む。
細く小柄な、全力で握れば簡単に折れてしまいそうな腕。
だがその腕を引っ張ろうにも、僅かに動かす事すら出来なかった。
それどころか、信じられない事に逆に腕を引かれてしまう。
「ば、ばかな……」
そのままぐいっと上方へ持ち上げられ、盗賊の頭は宙を舞った。
「ぐはっ!?」
背中から地面に叩きつけられる。
痛みを堪えて起き上がろうとしたが、それは適わなかった。
盗賊の頭の意識は、目の前に迫った車輪を見た直後に暗転した。
目を覚ました盗賊の頭は、盗賊全員が縄で縛られているのを見て絶望する。
殆どあの少女一人にやられてしまったのだ。
一体何なのだあの少女は?
その答えは直ぐに耳にする事が出来た。
「さすがカルティア侯爵家の御令嬢ですね。アグリ様のお陰で助かりました」
馬車の護衛の一人が口にした言葉でその正体を知る。
侯爵家の令嬢だったとは。
やはりこの地域で盗賊行為に及ぶべきではなかったと、反省するももう遅い。
それにしても、たった一人で数十人にも及ぶ盗賊を駆逐するなど、どんな化物じみたスキルを持っているのか。
盗賊達だけでなく、馬車の護衛達ですらもそう思わずには居られなかった。
そして夢にも思わなかったであろう。
その令嬢が持つスキルが『農業』であるなどと。