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報告

 侯爵領主邸の一室、嫡男のライスが主に執務で使う部屋に3人の男女が集まっていた。

 カルティア侯爵夫人ファム・カルティア。

 カルティア侯爵嫡男ライス・カルティア。

 執事見習い兼ライスの護衛ヴァン。

 ファムとライスは向かい合ってソファーに座っているが、ヴァンは入口付近で直立していた。

 ヴァンは、ライスとは友人でもあるため気安い仲であるが、侯爵夫人とは会話も殆どした事が無かったのでとても緊張していた。

 そして聞かれるであろうアグリの事を思うと胸が締め付けられ——る事はなく、胃がキリキリと痛むだけだった。


「ヴァン、君も座ってくれ」

「ですが……」

「構いません。すぐに済む話ではありませんから、お座りなさい」


 夫人に言われ、ヴァンは渋々一人掛けになっている手前のソファーに腰をかけた。

 端から逃げられはしないのだが、椅子に座る事で完全に退路は断たれたように感じられた。

 先に口を開いたのは、ヴァンの直属の主人であるライスだ。


「ギルマスから聞いたよ、ヴァン。単独でゴブリンキングを退けたって。凄いな君は。一体どんな闘いだったのか少し聞かせて貰いたいんだ。まだ仕留められていないので、侯爵家の騎士団で追撃する事になってるからね」


 ヴァンの背筋から大量の汗が吹き出した。

 ライスには真実を報告するつもりだったのでいいのだが、ここには侯爵夫人もいる。

 話し方によっては自身の『魔眼』スキルについても話さなければいけなくなるだろう。

 慎重に言葉を選び、ヴァンは話し始めた。


「実はゴブリンキングを退けたのは私ではありません」

「え、そうなのかい?一体誰が……って、嫌な予感がするんだけど」

「ご想像の通りの人物です」

「うはぁ……あの高速で走るゴーレムを見た時から尋常じゃ無いスキルかもと思ってたけど、あの歳でゴブリンキングを退けるか」


 と、当然そんな話を聞いた夫人が会話に割り込んで来ない訳が無い。


「ちょっと待ちなさい。ライス、まさかあなたの言ってる人物ってアグリの事かしら?」

「ええ、まぁ。母様はアグリのスキルをご覧になったのですよね?」

「私が見たのは雷系の魔法と、土系の魔法で作ったゆっくり動く搭乗型ゴーレムだけよ」

「ゆっくり動く搭乗型ゴーレム?私が見たゴーレムは優に馬の数倍の早さで走ってましたよ?」


 母子の会話に、これは補足した方がいいだろうとヴァンが口を挟む。


「お嬢様は複数のゴーレムを扱います。馬車の車輪のようなものが2つの緑色のゴーレム。車輪が4つの白いゴーレム。大地を抉る牙を持つ赤いゴーレム。私が見ただけでも3体はいました。あと、土系魔法で作ったというよりは、召喚したように見えましたが……」


 ヴァンの言葉に夫人は考え込んだ。

 何故召喚を態々土系魔法だなどと言って偽装したのだろうか?

 しかしそうせざるを得ない理由が思いつかなかった。


「じゃあアグリはそのゴーレムでゴブリンキングを倒したのかな?」


 ライスの問いにヴァンは首を振る。


「ゴーレムは帰還させて、奥様のおっしゃる雷系の魔法で倒しました。他の1000匹以上のゴブリン達は炎系魔法で一掃してましたが」

「ちょっと待って。アグリは炎系魔法も使えるのかい?」

「ライス、アグリは風と火の合成魔法まで使えます。恐らく他の属性も使えるでしょう」

「そんなに多岐にわたる魔法を使えるなんて、アグリのスキルはもしや『大魔導師』……いや『賢者』!?」


 ライスはチラリとヴァンの方を見るが、ヴァンは夫人に分からないように少しだけ首を振る。

 それを見てライスは自分の予測は外れていたと知る。

 しかし、逆に疑問も増した。

 ならば一体どんなスキルだと言うのか。


 それについての言及は避け、ヴァンはその話を途中で終わらせる事にした。

 何系魔法などという次元をかるく越えた報告をしなければならないのだから。


「スキルの考察はそこまででお願いします。これからお話する事が最も重要です」

「これ以上の話はちょっと聞きたくないんだけど、領主見習いとして聞かないとだよね……」

「どうしても聞いていただきます。私一人ではとても抱えきれませんので」


 ヴァンの剣幕に、ライスのこめかみを汗が伝う。


「どうやらお嬢様は、その倒したゴブリンキングとゴブリン達を従えてしまっているようなのです」

「うわあああっ!聞きたくなかったぁ!!」


 叫びを上げるライス。

 目を見開き絶句する夫人。


「魔物を従えるって、僕の妹は魔王になっちゃったの!?」

「いえ、そうではないと思いますが……」

「でもその従えてるゴブリンキングの姿は無かったよね。どこに消えてるんだろう?」

「私の推測でしかありませんが、不自然な点が2つあってそれを繋ぐと合点がいくのです」

「不自然な点?」

「はい。討伐したゴブリンキングはどこかに消え、ゴブリンの集落にはどこから来たのか分からない移民がいた」

「確かに騎士団がいくら探しても、ゴブリン一匹すら見つけられなかった。そして代わりにいた不思議な移民達」

「その移民達は人化したゴブリンキング達ではないでしょうか?」

荒唐無稽こうとうむけいだけど、一番しっくりくる仮説だね……」


 ライスとヴァンの話を聞いていた夫人がたまらず声をあげる。


「ヴァン。何故アグリがゴブリンキング達を従えていると分かったの?」

「そ、それは……」


 言い淀むヴァンを見て、夫人は察した。


「ごめんなさい。それについての詮索は止めるわ。でもその従えているというのは確実なのね」

「はい、間違い無い筈です」


 夫人は正面に座るライスを厳しい眼で見つめる。


「ライス、ゴブリンについては騎士団を動かして警戒した方がいいと思うけど、アグリが悪事に手を染めるとは思えないわ」

「それについては同感です」

ただし、他の貴族へ情報は漏れないよう徹底して」

「承知しました」


 なんだかんだ、この母も娘に甘いなと思うライスだったが、当然口には出さなかった。


 なんとか報告しなければならない事はしたと、一息ついたヴァン。

 しかし、夫人は更なる追撃をかける。


「ところで、アグリは何故そんな危険な場所に赴いたのかしら?まさか自らゴブリンキング討伐しようと言い出した訳じゃないわよね?」


 それはヴァンの護衛としての務めを疑問視しているという事だった。


「申し訳ありません。私の力ではお嬢様をお止めする事は適いませんでした。処分はいかようにも」

「処分するつもりは無いわ。セヴァスが止められないのだから、恐らく家族以外の者では制御出来ないでしょう。止めるのであれば、ライスが言ってきかせておくべきでしたね」

「申し訳ありません、母様。僕はアグリに甘いですよね」

「そうね……じゃなくて。私は、アグリが私達に何かを隠しているようなので、それを知っておきたいのよ。スキルについては家族間でも詳らかにしないものなので別にいいの。でも最近のあの子はどこかおかしくて。昨日話した限りでは殿下の婚約者候補であるという自覚はあるようなのに、どうにも行動が不可解だし。何か知っていたら教えてちょうだい、ヴァン」


 公爵夫人ではなく、母親としての言葉にヴァンは頷かざるを得なかった。


「承知しました。ただ、私がこれから言う事は真実なのですが、ご理解いただけるかは自信がありません」

「何であろうと信じましょう」

「僕もヴァンを信じるよ」

「ではお話します。お嬢様が北の地へ赴いたのは——農業をする為だと思われます」

「「……………………え?」」

ここまでで第一部となります。

引き続き第二部をお楽しみください。

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