お説教
帰宅後1時間——私が正座し続けている時間だ。
お母様、よく1時間もお小言を続けられるものだ。
言ってる方が疲れるだろうに……。
しかし、まだまだお説教は終わる気配を見せない。
あ、話がループした。
これは数時間コースか……。
「ちゃんと聞いていますか、アグリ!?」
「は、はい!もちろんです!!」
ここで聞いていませんでしたなどと言おうものなら、朝までノンストップだ。
こっそり湿布貼ってズルしてるけど、私の召喚した湿布がいかに回復効果があろうとも、さすがに朝までは足が持たないと思う。
それにしてもお腹空いた……。
今は空腹の方が深刻かも?
「それで、あなたはグレイン殿下の事をどう思っているのですか?」
おや?急に話が変わった。
何故殿下の事なんて聞いてくるのだろう……?
あ、もしかして先日殿下が来訪された時に、無理矢理帰らせた事についてのお小言かな?
なるべくお母様の怒りに触れないように話さなくては。
いわば、これはインポッシブルなミッション。
インポッシブルじゃ回避できないけどね。
「も、もちろんグレイン殿下の事は大切に思っております」
将来の国を背負うお方なのだから、お体は大切にしてご自愛いただかないとね。
しかし私の回答に満足出来なかったのか、お母様は眉をつり上げる程に目を見開く。
もしや怒りの赤外線に触れてしまった?
「アグリ。あなた、まさか気付いていたの……?」
あれれ?何かお母様の様子が……変身とかしないわよね?
気付いていたって何の事だろう?
いや、殿下に関する事で気付いていたのかと訪ねられる事なんて一つしかないじゃない。
『魔眼』の事だ。
「もちろん気付いておりました。お父様や殿下の態度や言動を鑑みれば、直ぐに分かる事ですから」
恐らく、お父様は私のスキルを疑っているというより、強力なスキルである事を確認して貴族としての地位を盤石にしたいと考えていたのだと思う。
それで魔眼を持つグレイン殿下にお願いして、王家認定でも貰おうとしたのだろう。
ところが私のスキルは残念ながら生産系のスキルでしかない。
王家認定どころか、排除されかねないのである。
それに殿下も僅かながら気付いているような態度を見せていた。
そして、無理をしてでも私のスキルを看破しようとした。
前世の記憶を取り戻して警戒心が強まったから気付けた事だとは思うけど、子供の精神のままだったら今頃追放待ったなしだったわ。
危なかった。
でも、私が気付いていた事、お母様に言っても良かったかな?
いや、こういう事は正面切って話し合っておいた方がいい気がする。
「ですがお母様、私が殿下と向かい合うのは今暫く待っていただきたく思います」
「何故かしら?殿下は一日でも早い方がいいとお考えだと思うわ」
それはそうでしょうね。
貴族として相応しくない者がいつまでも貴族籍にあるのを、王族としては良しとしないでしょう。
「私はまだ殿下の前に立つに足るものを身に付けておりません。それを得る為に、無茶をしてでも侯爵領に来たのです。何も得ないまま帰る事など出来ません」
少しでも先延ばしにして、その間にスキルちゃんをもっとパワーアップしないとね。
私の譲らない覚悟を聞いてか、お母様は怒りの矛を収めてくれたようだ。
「あなたの気持ちは良く分かったわ」
よし!何とかお母様を説得出来たわ!
「でもね、残念ながらそれは無理ね」
何故にっ!?
「先程王都の侯爵邸から連絡があったのよ。来週行われる王族主催のパーティへの招待状があなた宛に届いたわ。そこできっと殿下とも顔を合わせるから、その時に話が進んでしまうでしょう」
パーリィ!?
しかも王族主催って、逃げられないじゃないの!
オワタ……。
殿下の魔眼で私のスキルは看破され、侯爵家から追放されてしまう。
……いや、まだ諦めるのは早い。
殿下の魔力量が私のそれを上回らない限り看破されない筈だし。
でも、もし殿下の魔眼が写○眼に覚醒していたら?
なんてあるわけ無いよね。
あれはヴァンの寝言だし……無いよね?
「ライスが戻って来て、侯爵領についての報告を聞き次第、私達は王都へ戻りますよ」
こうなれば、お兄様が戻るまでの間にスキルちゃんをレベルアップしておかねば。
翌朝。
「なんでお兄様、こんなに早く戻ってくるんですかっ!?」
「ゴブリンキング討伐に向かったら移民がいたんだけど、ギルマスが『侯爵令嬢の名の下に保護された』っていうから、急ぎアグリに話を聞きに戻って来たんだよ。何か拙かったかい?」
自業自得だった……。